2017年9月30日土曜日

音楽の思い出 その88 アンルイス④

先回、アンルイスから脱線しちまったので、今回こそ、アンルイス、ファイナルにしたい。

アンルイスの代表作といえば、『六本木心中』か、『WOMAN』、そして『ああ無情』、そして『美人薄命』だわな、やはり。

『六本木心中』。題名もすごいけど、作詞 湯川れい子。湯川れい子といえば、小林明子の『恋に落ちて』。いやいや、いい歌、作るね。そして作曲、NOBODY。この頃のヒットメーカーやね。このタッグも強烈。ヒットするのも当たり前か。

曲のビート感も半端ないね。アンルイスのキャラは『高級クラブ』。どっしり感が半端ないから、地位の高い紳士たちが、酒を片手に仕事の達成感をめぐらす、みたいな感じやね。比べてみりゃ、AKBのさっしーなど、たんなるキャバ嬢。えりもと危うくして売ってるだけやから、あんなんに相槌をうたれたないわ。だれや、次世代の司会者はさっしーなどとのたまう、ばかなマスゴミは。

失礼した。

ということで、『六本木心中』。イントロが、かっこいいんだよな、この曲。きたきた〜っちゅう感じやからね、ワクワクするぜ。





あと、『美人薄命』。こいつは動画をはらないから、聴きたい人は、ご自分にて。


では。またね。


2017年9月29日金曜日

音楽の思い出 その87 アンルイス③ 

まだまだ 今回も続く、「アンルイス」ネタ。でもちょっと脱線の派生ネタ。

先回、カラオケの「合いの手」についての話題を出したけども。「あの」カラオケボックスが流行る前、ほんの数年だったな、あの「合いの手」がブームだったのは。

それはやはり、「カラオケが流行ったのは、スナックで歌うのが発端だったから」

テレビで歌番組を見る…聴く側から、自分が歌う側へのステップアップ。これは大きかっただろう、やはり。悪いけど、酒のつまみみたいなもんだったカラオケが、一般大衆、それも高校生なんかも歌うようになったからね。

そしてスナックでは。若い男性や女性の姿は少なくなったね、その頃に比べると。だから、今ではあんまり聞かないな、「合いの手」

「合いの手」で有名な、いわば巨頭といえば、アンルイス「ああ無常」とBOOWY「ONLY YOU」。これにつきるね。そしてBOOWY「ONLY YOU」の「合いの手」はまさにスナックでのみ放送できる「Hネタ」。これを健全なカラオケボックスで流すのは無理やわ。

ま、経験としてね。

きいてみてくり。



… これを20歳そこそこのリーゼン、聴いて育った?から、

そら、こんなに なるわ!

では、またね。



2017年9月28日木曜日

音楽の思い出 その86 アンルイス②

先回に引き続き、アンルイス。

『WOMAN』の次に、印象に残ってる曲といえば。

『ああ無情』

いやいや、タイトルもすごいけど、歌もすごいぞ。

何しろ、昭和60年ぐらい。まだまだ、バブルの生き残りがいた(笑)そりゃそうだな、ジュリアナ東京のあたりだ。

経済的には、バブル景気は少し落ち着いてたけど、人々の気分はまだまだ、イケイケだった。

なので。

この曲もイケイケバージョンだぁ。




すごいね、このドライブ感。対抗できるのは、全盛期のXか、聖飢魔Ⅱぐらいやね。


ちなみに。


バブルの最後という以外にも、この曲には、当時の世相を反映しているバックグランドがある。それは。


カラオケボックスブームの前だ。


ということ。では、大衆はどこで歌ってたのか。それは。

スナック

今でこそ男性の社交場にとらえがちだが、当時は居酒屋→スナックへと、男女問わず流れたもんだ。というのも。

カラオケがスナックにしかなかった。

大体がカラオケ自体がCDカラオケ。またはスナックに行くと、最先端のレーザーカラオケがあった。

ママさん、この曲、お願〜い

とリクエストすると、何やら おごそかなレーザーカラオケ棚から、バカでかいレーザーディスクを取り出して演奏が始まる。

このレーザーカラオケ、リース料が高かったので、業者にした貸していなかった。つまり。

歌を歌いたきゃ、スナック!

という時代だったのだ。

さて、スナック。意外と明るい雰囲気だった。女性客がいるのだから、当たり前か。

そして、店の中には奇妙な連帯感が。一曲300円ぐらいとられたから、大切に歌うし、他の客の歌にも耳を傾けた。

そして、生まれた文化が。

『合いの手』

客の歌う歌に合わせて、主にスナックのママではない?店員が、合いの手を入れてくれるのだ。地域色もあり、なかなかに面白い。

この曲の、メジャーな合いの手と、最近、48系列で作った合いの手を聞いてみてくれ(笑)







この時代のカラオケは、スナックでうたわれた、ということを知らないと、48系列のバージョンのような、軽々の内容になっちまう。

大切なのは、酒場での『他人との触れ合い』 なのだよ。

店員が合いの手を入れることで、店内の客全体に、連帯感が広がったからな。今はないな、あの連帯感は。

世知辛い、世の中っす。


では、またね。


2017年9月27日水曜日

音楽の思い出 その85 アンルイス①

先回まで、浜田麻里(通称・麻里姉)について書いてみたけど。

amazon prime musicでレベッカの年代のヒット曲を聴いてると。

あっ!アンルイス!!

いたねぇ。アンルイス。結構好きだったなぁ。

アメリカ人(アメリカ海軍の軍人)と日本人のハーフ。当たり前だけど、英語は本物。あとステージでの歌いっぷりがよかったなぁ。かっちょよくってね。

アンルイスといえば、『六本木心中』なんだけども。その話は次回以降で。

リーゼンが好きな、アンルイスの曲といえば

『WOMAN』

この頃からだね、女性の社会進出みたいなのが話題になりだしたのは。そう、まだまだ日本の社会で女性が社会進出しだしたのは最近なんだよね。

なのに。いまや、男性の地位が低くなってしまった。遺伝子学的にも、「XX遺伝子」を持つ女性の方が圧倒的に強いんだから、少しは遠慮してくれなきゃね(笑)

女性専用車両があるなら、男性専用車両もないと、逆差別なんだけどな。そのあたり、日本の企業はわかってない。

ま、いいや。とにかく、

アンルイスの『WOMAN』

いい曲やね。




元気でるよな…いい曲やわ。

だけども。元気でるのは、男性だけにしてくり。

これ以上、女性が元気になっては、やばい。

では、またね。

2017年9月26日火曜日

音楽の思い出 その84 浜田麻里④

ここのところ、麻里姉の活躍していた時代の音楽が、Amazon Musicで特集していたものだから、麻里姉の曲もよくかかる。聴いていて思うのは、歌詞が言葉としてよく伝わる曲が多い気がする。国語科のリーゼンにとっては良質の音楽が多く聴ける、よい時代だったと思う。どこで崩れたのか。リーゼン思うに、日本語の歌にはふさわしくない「ラップ」音楽と、PCのソフトでお手軽に作った、ハロプロの音楽、歌を言葉として表現していない秋元康 軍団の音楽など。最近の曲は本当に心に響かない。

カラオケバトルなんかも、テレビ局でもてはやしているが、愚の骨頂。本物に似せて歌って何がすごいんだろう。カラオケで高得点を出そうと思うと、本物の歌では見られない、変なビブラードやらを入れるために、全部の小節を、間延びしたように伸ばして歌わないといけなくて。歌いにくいっちゅうか、なんか変。歌の上手い下手の基準は、そこじゃないっちゅうに。

さて、少し疲れている時や、仕事で行き詰った時、恋に敗れた時など、心が疲弊している時に聴くべき曲、麻里姉の曲にあるなぁと思い出してみた。

『Promise in the History』




いやぁ、いい曲だわ。こういう良質な音楽が流れると、心豊かに生活できるんだけどね。ちなみにこの曲について、麻里姉は「人間の生まれてきた歴史とか、生まれてきてからのことを考えて、今を一生けんめいに生きることが、人間として生まれてきたからには、約束なんじゃないかっていう意味の歌なんです。」と答えている。そう、生きていく意味は、自分の中にだけあるわけじゃないんだよな。


この曲で、しばらく麻里姉から離れるつもりだけど…また出てくるかも。
いい曲、多いもんだからね。


では、またね。


2017年9月25日月曜日

おとぼけ新聞 号外 久しぶりに一風堂

こないだ、久しぶりにラーメンを食べに行ってきたよ。

行ったのは、刈谷市の『一風堂』。















狭いし、通りからは入りにくい駐車場なのだが、まぁ、よい。店は改装したので、比較的きれい。

この店のよいところは、店員教育がよいのか、スタッフの応対が最高である。スカイラーク系列の某ガストや某サイゼリアにも見習って欲しい。

今回は、まだまだ夏なので。












つけめん。

つけめんといえば、『大勝軒』がよいのだが。











金山駅にもある、『大勝軒』で修行したという弟子たちの店は、つけめんの精神をうけついでおらず、『高い!!』

もともとは余り物で作った『まかない食』だから、安くなきゃね。


他聞にもれず、『一風堂』のつけめんも「高い!」820円って…ただ、













具はゴージャス。ちなみに卵は余分にトッピングしとります。

味は『おいしい!』

さすが一風堂。ここの研究部、優秀な部員が多いんだろうな。何食べても、そこそこの味を出してくる。

みなさんも、どうぞ。

ただ、つけめんには『太麺』がよいぞ。リーゼン、麺を食べおわったあと、いつもどおり『替え玉』を頼んだら、替え玉は通常の細麺。いちおう食べてみたら

微妙…
がっつり食べたい時は、大盛りで頼むのがよいよ。100円増しだし。


では、またね。

2017年9月24日日曜日

リーゼンの休日 こにたん風生き様

先日、生き方についてのインタビューを冊子等で読んだのだけど。

ちと、心に落ちたので。

まず、俳優の小西博之さん。


通称 こにたん。リーゼンが昔から好きなタレントさんである。

性格も豪快楽々で、いい雰囲気なのだが、やはり、


リーゼンが大好きな、鎌田敏夫さん原作の『金曜日の妻たちへ』シリーズの二作目。『男たちよ、元気かい』は、何回見直しても、『切なくてなけちゃう』ドラマだ。こにたん の演技も光る。上手くはないけどね。無骨な男の生き様が、なんとも切ないのだ。

そんな こにたんだけども。末期の腎臓ガンを罹患し、余命ゼロ。手術後の余命率5パーセントというとこからの生存。言葉の一つ一つが重い。

気の持ちよう というけども。宝くじで10万当たり、喜ぶ人が別の機会に一等1億円の組違いで10万当たると くやしがる、みたいな。とにもかくにも、気の持ちようである。


萩本欽一さんから、こにたんへの 励ましの言葉の数々も、素敵すぎる。検索してみてね。


そして、もう一人。愛知県在住の、女社長さん。イタリア関係グッズの輸入会社の社長でもあり、ソムリエの資格も持つ、キャリアウーマンである。

彼女いわく、『反省はするけど、後悔はしない』

なかなか 言えないセリフだね。
行動的かつ理性的というべきか。

リーゼンなんか、逆だね。

『後悔はするけど、反省はしない』


…人として、終わってるな、リーゼンは。


では。またね。





2017年9月23日土曜日

リーゼンの休日 キッチンmo– mo-

リーゼンの休日ランチを出先で食べるとしたらば。

やはりカレー。
🍛

その頻度たるや、半端ない。インド人も、びっくりなカレー漬けのリーゼンなのだ。

ま、肌がカレー色なのはともかく。カレー成分の香辛料、なかば漢方みたいなもんやからな、身体の調子はええよ。

ではあるが。

時には、ハンバーグや牛丼も、食べたくなるやないですか!そこで。

キッチンmo- mo-


普段は、びっくりドンキーや、喫茶なるみ あたりでハンバーグはたべるのだが。久しぶりにキッチンmo- mo-に行くことにしたよ。

キッチンmo- mo-は、かつて『中京女子大学』、改名して、今は『至学館大学』のそばにある。

女子レスリングの他、女子ハンドボールなんかも強い大学なので。

『肉食系女子ばかり』

ということで、キッチンmo- mo-では、がっつりハンバークを食べれまっせ。

平日しかランチをやっとらんので。

定番のハンバーグと、ライス&スープセットをチョイス。



なんか、うまそうっす。ここの自慢は、ハンバーグと


サラダだと思うのれす。ドレッシングが自家製。店内で売ってるぐらい。ただ、野菜は普通。おしいとこだな。ハムはうまいっす。

ま、デミグラスソースもうまいし、オススメなのだが、ともかく

『高い!』

昼で1500円強。喫茶なるみなら、1000円ちょっとで食べられるからなぁ。

昔からある名店。みなさまも財布厚くして、ぜひ来訪を。

では、またね。




2017年9月22日金曜日

音楽の思い出 その83 安室奈美恵

先日、安室奈美恵が引退を発表したね。こんだけニュースに出るということは、まだまだ人気があったということだろうけど。最近は、イッテQでイモトが「あむろちゃんのライブ」をネタにしたときでしか、現在の動静を知らなかったのだが。

まぁ、一言でいえば、立派なアーチストだと思う。AKBみたいに作られたアイドルじゃなくて、本物の『アイドル』。というか、ダンスも含めたライブを見るに、日本ではまれなエンターテイナー。マドンナやレディーガガに近いキャラクターじゃないかと思う。若い女性への影響力もはんぱなかったからね。

『アムラー』…ミニスカート&厚底ブーツ&ロングの茶髪&細い眉、さらに日サロで焼いた肌、と安室ちゃんを髣髴させるギャルどもが、ほんとわんさか歩いていたからね。アムラー現象は、ちょっと前の『聖子ちゃんヘヤー』以来じゃないかと思うのだが。

20歳そこそこで結婚。現在は子持ちシングルだが、まだまだ40歳弱。子供も19歳で、まぁ、親としてはきちんと子育てもしておったので、いろんな意味で敬意に値する生き方をしていると思いまする。

昨今は、不倫やらなんやらで、腹立たしいテレビネタでテレビを多く賑わしておりまするが、「潔い」「かっこいい」生き様の、安室ちゃんは、ちょっとスカッとするニュースだったよ。

安室ちゃんの曲で、一番リーゼンが好きな『a walk in the park』を聴きませう。








安室ちゃん、若い!リーゼンも若かった!

当たり前か(笑)

では、またね。 

2017年9月21日木曜日

音楽の思い出 その82 浜田麻里③

浜田麻里の活躍していた時代とは。
時は平成元年あたり。この年のCD売り上げランキングを見てみるとね…

①Diamonds(プリンセス・プリンセス)
②世界でいちばん熱い夏(プリンセス・プリンセス)
③とんぼ(長渕剛)
④太陽がいっぱい(光GENJI)
⑤愛が止まらない(Wink)
⑥恋一夜(工藤静香)
⑦淋しい熱帯魚(Wink)
⑧嵐の素顔(工藤静香)
⑨黄砂に吹かれて(工藤静香)
⑩涙をみせないで(Wink)

と、プリンセス・プリンセス、圧倒的な人気。プリンセス・プリンセスっちゅうのは、バンドのパートごとにオーディションをして、歌や演奏が上手い女の子ばかりで結成したバンドだから、デビューから結構本格的なバンドだったんだよ。ワンツーフィニッシュをかざった、2曲にしても、しっかりした構成のいい曲だからなぁ。

ちなみに、プリンセス・プリンセスで、唯一オーディション2位通過だったのが、ドラムの富田京子。でも、プリンセス・プリンセスのヒット曲の半分以上は富田京子・作詞によるもの。ボーカルの奥居香、ギターの中山加奈子の曲だけでは幅が出せなかったことは確かなので、富田京子はメンバーに入ったのは幸運だったといえるだろう。

あと、Wink、工藤静香の人気もすさまじかったね。大学時代、バイトしていたカラオケボックスでも、女の子たちはプリンセス・プリンセス、Wink、工藤静香あたりを歌うことが大半だったからな。

売り上げベスト10のランク外もすごいヒット曲があるんだよ、この年は。リーゼンが目に付いた曲だけでも…

⑭夢の中へ(斉藤由貴)
⑮Return to Myself(浜田麻里)
⑱Runner(爆風スランプ)
⑲GLORIA(ZIGGY)

このあたりも、今でもよく耳にする曲じゃない?さらに…

26位 酒よ(吉幾三)
29位 TRAIN-TRAIN(THE BLUE HEARTS)
43位 17歳(森高千里)

と現在の、カラオケで歌われランキングで入ってきそうな曲ばかり。ほんとうにすごい年だったな。リアルタイムで生きてた時代の人しかわかならいよ、あの喧騒は。


そんな1989年、プリンセス・プリンセスの『Diamond』、工藤静香『嵐の素顔』と週ランキング1位を争って、トップを勝ち取ったのが、麻里姉の『Return to Myself』。プリンセス・プリンセスや工藤静香、Winkの曲と比べ、難しい歌だったから、カラオケでも『ちょっと歌の上手い』女の子が歌うことが多かったと思う。




『Return to Myself』はカネボウの化粧品ソングでもあったので、やはり少し「大人な」女性たちに人気のある曲だったな。リーゼンの印象では。モデルは、バブルの寵姫?『大塚寧々』。今 見ると、とびっきりの美人じゃないけどね。当時は人気あったな。









この『Return to Myself』の入っているアルバム『Return to Myself』、演奏しているのが、アメリカは本場ロサンゼルスの豪華なスタジオミュージシャンたち。だからすごく聞き応えのあるアルバムだった。

ぜひ、聴いてみてちょ。

では、またね。






2017年9月20日水曜日

世の中にあふれるウソ 36 明治維新⑫

次回に続く、このネタ。理由の二つ目を話そうか。

マシュー・ペリーとは、何者だったのか。













実はペリー、アメリカ海軍の将校ではないのだよ。ましてや『太平洋艦隊』提督というわけではなく、実を言えば『東インド会社』所属、東インド会社の艦隊を指揮する提督、というわけだよ。

何しろ、この頃のアメリカ本国の海軍というか、アメリカ軍、独立戦争やらカルフォルニア併合のための戦いやらで疲弊していたから、そもそも余裕がない。対して東インド会社。アヘンやら、油やらで大もうけしており、力を持っておった。

この頃のアメリカの東インド会社、何で儲けていたかといえば『鯨油』。石油のないこの時代、照明などで鯨油を使ってたため、世界最大の捕鯨国だったわけだよ。今じゃ、『反捕鯨』をのたまってるくせにね。アメリカには昔も今も、隣人愛や動物愛護の精神はございやせん。

当時、アメリカの捕鯨基地といえば、「ニューベッドフォート」。東海岸のマサチューセッツ州にあった。そしてペリーはニューベッドフォートの近くで生まれ育った人。つまりは、東海岸から出発するのは、ペリーにとっては当たり前のことだったんだね。

ペリーに関しては横須賀市久里浜に「ペリー博物館」があるので、行くとなかなかよいよ。裏のうらをとりたいリーゼンには物足りない施設だけど、ペリー来航のあらましは わかると思う。



では、またね。

2017年9月19日火曜日

リーゼンの休日 北の国から 時代

三連休、リーゼンにしてみりゃ!この時期にはいらないわけだが。だいたい、ガキどもは夏休みあったわけだし、社会人も盆休みあったわけだから、ここの三連休…学生から社会人になった時の、ニートやら、引きこもりやらは、このあたりにも問題があるような気がする。

あと、孫疲れという言葉があるらしいが、ちゃんちゃらおかしい。ならば孤独で愉快な定年後生活をすればよいこと。最低限のお年玉さえやれば、孫なんぞは年に何回かくるわけだから、それでよし、と思わねば。

ただ、自分の子世代の子育てが本当に大変だ、助けたいと思ってるなら、腹をくくってやるべし。孫疲れなんぞ言ってはいけない。ちなみに孫の世話をしたからといって、老後の介護は求めてはいけない。まずは老人も公的な支援を受けてもよいから、生活自体は自立しないとね。

さて、三連休で『北の国から』のシナリオ本を読んでいたわけだが。やはり倉本聰さんの作品は『シナリオ本がよいな』場面の描き方が秀逸なのだ。

『北の国から』のスペシャルの中では、この『時代』というスペシャルは、『初恋』『遺言』の次に好きな作品なのだが。

何回読んでも、ジーンときてしまう。五郎さんの時代に流されない生き方、自然相手にしりゃ、流行りとか、モードとか関係ないんだしね。

とはいえリーゼンも片田舎風都市、名古屋市近辺に住み、工業&商業至上主義のはびこる愛知県に住んでるからな、長野県にいたときの謙虚さや純粋さは薄くなったなぁ。

やっぱたまには、こういう良質の作品やら、自然やらに触れて、自然からの自分の命への『施し』を感じないとだめだな。




冬はスキー場で、これでもかぐらい感じるけど(笑)

では、またね。


2017年9月18日月曜日

リーゼンの休日 映画『ダンケルク』

三連休の中日。台風も来てるし、あんま遠出をするのもね。お金もないし。図書館で借りて来た『北の国から』のシナリオ本も読み切っちゃいそうだし、少し興味のあった映画『ダンケルク』を見ることにした。




前評判はよろしくない、この映画だけども、朝鮮半島が怪しい雲行きの昨今。観ておいて損はない映画だと、個人的には思ったよ。

第二次世界大戦の中の一つの戦いである『ダンケルクの闘い』。関わった国のそれぞれで捉え方が違うのが興味深い。

まず、闘いの勝者、ナチスドイツ。戦車、戦闘機、潜水艦など、他国を完全に凌駕。『ダンケルクの闘い』でも、フランス・ベルギー・イギリス連合軍を駆逐した。ただし、別の側面で言えば、ドイツにとって、戦闘員を割きたいのは、ロシア戦線。その意味では、フランス侵攻とともに、イギリス軍を駆逐したかったのに、このダンケルクの闘いで、イギリス軍戦闘員をほとんど取り逃がしたのは、痛かった。現に、戦闘員を残せたことで、数年後、ノルマンディー上陸作戦でナチスドイツに勝利できたからね。現場の戦闘員は意識はなかっただろうし、ただただ必死に逃げただけだけども、まさに臥薪嘗胆、逃げるも一手である。





イギリス軍にとっては。フランスでの闘いに助っ人できてたから、というわけではなく、当時の首相、チャーチルが本土決戦に備えて『逃げる』という英断を下したのは、結果的にはよかった。何しろ、40万人の兵士のうち、34万人?ほども無事に撤退させることに成功したのだから。

ただ、カレーという地にいたイギリス兵をドイツ軍を足止めするために放置、とか、フランス兵は撤退のために港に集めた船には載せない、とか、結構なことをやっている。

フランス軍、ベルギー軍にとっては。『ダンケルク』は第二次世界大戦における敗北を、あまりにもあっけなく、喰らわされた闘いやから、あまり思い出したくない出来事らしい。そりゃ、そうだわな。


あ、朝鮮半島情勢を受けて、リーゼンが思うに…このイギリス軍の撤退の背景。

戦時中でも、イギリスでは国会がきちんと開かれている、ということ。お出かけ戦争しかしない、アメリカとは違うわけだよ、第二次世界大戦は。イギリスは本土決戦を覚悟するぐらいだからさ。でも、自分たちの守るべき民主主義みたいなのは、変えていない。だからこその、不利な状況では兵士撤退、という選択が得られるわけだ。

多分さ、日本も南部戦線でイギリス軍に勝ったと思ってたけど、おそらくは引き際がバランスよく行える国なんだよな、イギリスは。だから、今でも宗主国として君臨できるんやろな。

だからこそ。太平洋戦争では しゃにむに闘い、何に勝ち、引きぎわを知らずに闘った日本人。今回の朝鮮半島が有事になった時は、うまく立ち回ってほしい。

昔、戦争に行った、実のお爺ちゃんに聞いた話をなんか、思い出したよ。人が人を殺すなんちゅうことは、リーゼンは嫌だ。でも家族のためには武器を持つだろうな。

もぉ、さ。国同士の紛争やらもめごと、平和に闘って集結しない?オセロとか。ねぇ…

まだダンケルク、上映してるみたいやから、みなさまもいかが?

では、またね。

2017年9月17日日曜日

音楽の思い出 その81 浜田麻里②

先回に続き、浜田麻里、略して麻里姉について。

麻里姉。一見、本物のヤンキーに見えるが、いやいや、そんなことは…

ただしメジャーデビューしたジャンルが「パンクロック」やからね。いくらヤンキーっぽい工藤静香と同時期に活動していて、風体がかぶる?とはいえ、この頃「パンクロック」というジャンルで活動していた女性、メジャーシーンにはいなかったなぁ。外国にはいるよ、いっぱい…なんだろう、キリスト教国家の方がいるな、はちゃけているギャルパンクバンド。

最近では…











プッシー・ライオット(Pussy Riot)。ロシアのガールズ・パンクバンド。許可を取らずにモスクワ地下鉄や赤の広場で否社会的な歌やひわいな歌を歌いまくる音楽スタイル。

2012年には、プーチン大統領の大統領再選への抗議活動の一環として、モスクワのロシア正教会救世主ハリストス大聖堂にて、「Панк-молебен Богородица, Путина прогони(聖母様、プーチンを追い出してください)」を歌い、即行で逮捕。禁固2年の実刑判決を受けた(笑)

いいね、こういうの

やっぱ、はちゃけないとね。パンクは。ガールズ・パンクバンドじゃないけど、リーゼン大学生の時代に活動していた「スターリン」というバンドのライブに行ったら、本物のニワトリの断首が会場を飛んでいたからな。もちろん血まみれだよ、観客は。


麻里姉にもどると。

デビューは1983年。あのヘヴィメタバンド、LOUDNESSのドラマーにより、プロデュース。キャッチコピーは「麻里ちゃんはヘビーメタル」。かわいいでしょ?

デビューアルバムは「Lunatic Doll〜暗殺警告」。はちゃけすぎだよ、これは。買う人いるのか?と思いきや、売れたんだな、これが。


で、リーゼンが好きな曲、パート2は

『Heart and Soul』

もともとはヘビメタなのに、何とこの曲、NHKのソウルオリンピックのテーマソング。お固い放送局にしては、大抜擢(笑)弾けるパワー感がオリンピックには ふさわしかったんだね。




いい曲だよね、今 聴いても。

麻里姉、次のバルセロナ五輪のテーマソングも歌ってるけど、こっちは それ用に作った感があり、今ひとつ。





ソウルオリンピック、リーゼンが高3の時…これからは韓国との交流増えると思い、大学一年の第2外国語、韓国語に、しちゃったけど…

失敗したわ!

韓国人の若者とは、わかりあえませぬ。なぜなら。

①幼い思考ならびに、すぐに激怒。
理系科目は強いけど、文系壊滅。というか論文書く能力が低いので、研究不可能。

理由は歴然。1970年から行われてきた 漢字廃止政策により、筆記が ほとんどハングル表記によりなされるようになったこと。

ハングルっちゅうのは、ろくな教育受けんでも字の、読み書きができるよう、作られた文字やからね。いわば『ひらがな』

ひらがなだけで、文章書いてみそ。そりゃ文章量に比べて内容の薄い文章になる。それが現在の韓国の若者。

②ソウルオリンピックの少し前まで、民主主義国家じゃない。
 リーゼンが小学校の時は、朝鮮半島の二国は軍事国家で、休戦中、と習ったよ。


今 思えば、フランス語あたりをやっとけば、よかったな。似合わん?


麻里姉の話、もう少し続きますです。

では、またね。











2017年9月16日土曜日

音楽の思い出 その80 浜田麻里①

リーゼンの在宅時の過ごし方といえば、缶チューハイを飲みながらの読書。
最近のお気に入りは











愛のスコールサワー。駅前のファミマに普通に売っているので、時折購入。やさしい味付け、学生時代の妄想も溶け込ませることができ、なかなかの逸品である(笑)

本来の神道研究も滞っており、その割には、浦島太郎やらの寄り道研究がまとまったりと、いわば現実逃避は必要なので、このような妄想・導入剤となる「ブツ」は必要不可欠ですな、リーゼンには。

さて、読書をする際のBGM。spotifyやらamazon musicをかけながら、だらだらと読むわけだけども。

amazon musicに最近、浜田麻里の特集が入ってきてたので、久しぶりにスマホに入れて聴いてみたら…

「なつかしいやないですか!」

高校から、20歳代まで、ほんとによく車中にかかっていた「麻里姉」の歌声。
















このベスト版は、ほんと「買い」でっせ。

おそらくは、浜崎あゆみよりは、ボーカルとして数段上のレベルなんだけど、何しろ所属事務所が弱い。なのでこの売り上げなんだけも。でも

麻里姉のすごさは、一回聴いてみればわかる!

ただし、一人でいる時ならよいが、家で聴く時は要注意。何しろ、オペラ並みの声量で歌いまくるので「ボリュームに注意」なのだ。というか、ボリュームを上げないと、麻里姉の伸びやかなボーカル、表現力がわからないので、お勧めは車。川べりかなんかで「がんがん」聴きませう。

とりあえず好きな曲を紹介してみるね。ただしずっと前に思い出深い曲で、麻里姉の曲を出した覚えがあるので、他の曲で。


「Open Your Heart」




ありきたりだけども。やはりいい曲なのだ。

麻里姉の歌詞は、ちょっと強がっているけど傷つきやすいヤンキー姉ちゃん、っぽくてストレートな感情がきちんと伝わる、いい歌詞なのだ。

いい歌なので、ちょっと書いてみようかな。


Open Your Heart

不意に涙があふれた貴方の笑顔 まぶしくて
疲れはてた心 荒んでいたのは何故
もう悲しみを知る前の無邪気な夢には
会えないけれど

Open your heart
風のように駆け抜ける 恋もあるけど
Open your heart
今この手をさしのべて 受けとめたい

恋を失くした数だけ素直になれるはずなのに
心のドア破ってすべてを投げ出せない
そう誰も皆 臆病すぎて 愛する術を
知らないだけなの

Open your heart
風のように 駆け抜ける嘘もあるけど
Open your heart
偽りない その気持ち 抱きしめたい

もう悲しみを知る前の無邪気な夢に
会えないけれど 迷わない

Open your heart
風のように駆け抜ける 恋もあるけど
Open your heart
今この手をさしのべて 受けとめたい

Open your heart when you have a feeling heart
ll be no distance between you and me

Open your heart when you’re feeling so blue
No worry to each other We’ll be starting over

Open your heart


よくないっすか?
やっぱいい曲やわ。

恋の儚さに揺れる心を、きちんと向き合って受け止める勇気。

大和なでしこ、こうでなくっちゃ。

某・西野カナの「トリセツ」なんぞを聴かせて、相手に受け止めさせるなど、

愚の骨頂じゃ!

リーゼン思うに、

「恋人は 遠きにありて 思うもの」(室生犀星の詩・改)

だよなぁ。まずは相手を思うこと。ここからだよな、大切なのは。

次回へ続く。


では、またね。







2017年9月15日金曜日

世の中にあふれるウソ 35 明治維新⑪

さて、いよいよペリー来航について語りまするが。

ところで。『ペリーはどうやってきたの?』

アメリカの西海岸から太平洋経由で…きたわけじゃないよ!










実はアメリカ東海岸からアフリカ大陸南部~インド…から回ってきた。
太平洋航路はすでに開かれていたのに、なぜにこの回り道を。船旅も絶対安心でない時代のこと。できれば旅程は短く、が基本なのにね。

太平洋航路を行かなかった理由は、主に3つあったと思われる。(リーゼン思うに)いろんな説があるので、機会があれば、みなさまも妄想しておくんなまし。

さて、リーゼンが感じた、主な理由。上の世界地図を見ながら説明しますと。

(1)ペリーがこの航路でないと、入手できなかったものがある。それは。

『大型蒸気船』

実はこの頃のアメリカ、大型蒸気船をそんなにたくさん持っていたわけではない。というか、この頃のアメリカが持っていた船、蒸気船ばかりではなく、帆船や手漕ぎ船などの方が圧倒的に多かった。

ペリーの任務は、はっきり言えば『恫喝による無血開国』だったので、鎖国を続けようとする江戸幕府を震え上がらせる意味でも、『大型蒸気船」こそが必要だったのだ。

ちなみに『鎖国』という言葉、幕末に出てきた言葉。19世紀に他の国から船が来るようになってからの言葉であり、江戸時代初期に行った出島政策は『鎖国』ではないからね。

さて、ペリーが日本を恫喝するために集めたかった『大型蒸気船』。アメリカ大統領からの勅命にもかかわらず、アメリカ本国艦隊から借りられたのは1隻、蒸気フリゲート船「ミシシッピ号」のみ。もっとも、アメリカ本国艦隊が持っていた蒸気船、全部で4隻しかなかったから、それもやむなし、だけども。

ミシシッピ号






4隻で日本に向かったと思いきや。なんと、アメリカのノーフォーク港を出た時は、「ミシシッピ号」1隻。単艦での出航だったわけだから。

結構、さみしい旅立ったと思われる!

アメリカ本国から、マデイラ島→セントヘレナ島→南アフリカのケープタウン→インド洋のモーリシャス→セイロン→マラッカ海峡からシンガポール→マカオ・香港

なんと、この香港で「やっと」

帆走スループ船「プリマス」と帆走補給艦「サプライ」、上海で蒸気フリゲート船「サスケハナ」
サスケハナ










と合流。

ここで。

大統領が変わり、「侵略目的の武力行使の禁止」を打ち出したのだが、その指令はペリーに届かず。飛行機がないからね。通商だとか、捕鯨船の給油地確保だとか言ってるひとがいるけど、清国のように、アメリカによる侵略、植民地化をもくろんでいたのは明らか。それを思えば、日本の幕末、植民地にされず、乗り切ったのは、奇跡とも言える。

これで船団を整え、いよいよペリー、日本へ向かいまする。

二つ目の理由は、次回。

では、またね。




  


2017年9月14日木曜日

おとぼけ新聞 号外 オリバー閉店

なんか、リーゼン思い出の店屋がだんだん閉店している…気がしてならない。まぁ、そんな年代だけども。

人気店、不人気店…まぁ、いろいろな店があったなぁ。

こないだ、私用で学生時代を過ごした半田市に行ったのだけど。ふだんは友人と会うぐらいだから、小中学校のあたりをうろうろするぐらいなので、高校時代に遊んだあたりはあまり行かなかったので…

ひさしぶりにうろうろしてみたらば。

あっ、「オリバーが閉店?」

これはショックだったね。「オリバー」とは












「オリエントバーガー」!!

もぉ、中学時代からお世話になった半田市の隠れたB級グルメの店だっただけに、ショック…

このオリエントバーガー、略して「オリバー」、開店したのは1983年。当時は半田市にはマックもそれほどなかったためか、駅から近いわけでもないのに、はやっていたな。基本は100円の「オリエントバーガー」100円。それにアレンジの効いた、「エッグバーガー」(マクドの月見バーガーよりおいしい)「ステーキバーガー」(値段のわりに高級感があり、おいしい)などのラインアップがあり、なかなかにカオスな店でよかったのだ。

数年たち、同時期に開店した(だろう)、金山駅(当時は金山橋駅)にあった、ハンバーガーショップ「スワロウ」はとっくに店を閉めても、「オリバー」だけは、しぶとく続いていたんだけどな。

確か20年ちょっと前に、マクドナルドが「65円バーガー」をキャンペーンしてた時、ロッテリアなんかが閉店に追い込まれた時も、「オリバー」は「しぶとく」生き残り、ハンバーガーショップ界の「レジェンド」だったんだけどな。












これがハンバーガーショップ店員のレジェンド、脱サラのおっちゃん。開店以来、一人で店を切り回してきた、まさに伝説。注文すると目の前の鉄板で焼き始めて…から始めるので、モスバーガー並みに時間がかかりマクドになれた人にはやきもきすると思うが、本来、飲食店とはこういうものなのだと思う。

ちなみに食べ盛りのガキどもをかかえる近所の主婦層にはいつも人気があり、土日には一人で10個とか12個とかの注文をすることも。注文が積みかさなろうが、おっちゃんはマイペース。ハンバーガーから包むとこまで丁寧に作業するとこを目のあたりにするので、「食の安全」きわまれり!である。












店内はこんな感じ。ちなみに奥は狭まっているので、閉所恐怖症の方にはおすすめできない。個人的にはハンバーガー買ったら、店の外の自動販売機(なぜか100円。もちろん店でもドリンク売ってるから、商売敵なんだけどもな。このへんの おおらかさが、おっちゃんの魅力。)でドリンク買って近くの神社や公園で食べるのが好きだったな。



























これが「オリエントバーガー」100円。1983年より、値段、品質とも変わらず。バンズは「敷島パン」専用品。これがうまいんだ。比べるとマクドのバンズのまずいこと。何しろ原価が違うからね。

ハンバーグは近くの精肉店に注文した、これも専用品。いろんな添加物が混じっている、マクドのハンバーガーとは味の濃さが違うし、体にはやさしい。そのあたりも主婦の心をがっちりつかんでいた理由なんだろうな。

キャベツはおそらく近くのスーパーで買うか地元の農家からもらったもの。ま、普通の味。

ソースは市販品をベースにおっちゃんオリジナルで調合。バンズとハンバーグ、キャベツとのよりよい味付けがこの店の秘密だったんだね。























もちろんサイドメニューも充実。ちなみにサイドメニューも注文してから作るので、時間はかかるが、「できたて」のおいしさ。悪い油は使っていないから、おいしかったな。

面白いのは、ハンバーガーが100円なのに、ポテトは160円ぐらい。ナゲットは200円ぐらいだった気がする。100円バーガーにこだわる、おっちゃんの心意気が素敵。


長野県松本市の「デリー」につぐ、リーゼンなじみの店の閉店で、リーマンショックならぬリーゼンショックは、まだまだ続く。

では、またね。

2017年9月13日水曜日

おとぼけ新聞 昔話 うらしまたろう⑤

先回で終わったと、誰もが思ったこのシリーズ、なんと、続編?っちゅうか、付け足し会である。

浦島太郎といえば、亀が クソガキどもにいじめられていて。浦島太郎が助けて。お礼に竜宮城に連れてってもらうとこから始めないとね。

と思い…

最近の『浦島太郎』の絵本は、亀のいじめシーンはないのかと思ってさ。

ツタヤにて物色してみたら。

意外とあるぞ、亀のいじめシーン。

よかった😃

やっぱ、浦島太郎のプロローグは、そうでないとね…

と思ったんだけど、その絵本。

もっとひどい話に、なってた(笑)


その絵本の展開は、こうだ。

①浦島太郎が浜辺を歩いていると、子供たちが、亀をいじめて遊んでいた。

②不憫に思った、浦島太郎、『これこれ、亀がかわいそうじゃないか。やめなさい』と子供たちに、話しかけ。

持っていた、お金を子供たちに渡して、亀と交換し。

亀を海に放してやりました。


…はぁ?

大切なのは、『金』ですか(笑)

別に、亀がいじめられてるとこに、大人で腕っぷし💪のよい、浦島太郎がかけよったら、子供たちがわらわらと 退散して、でいんでないの?

現在の子供たちには、いじめる際の『罪悪感』っちゅうのは、ないのかね?

子供たちが悪いことしてる時には、多少は罪悪感があるから、大人が来ると逃げるのがリーゼンの常識なんだけども。

話し合いには
『金かい?』

やはり、現在の日本社会、ゆがんどるな。


そう思わん?


では、またね。

2017年9月12日火曜日

音楽の思い出 その79 ぼくの右手

高校生のリーゼンを探せ!妄想シリーズ九月編(笑) 高校祭の季節ですな。

さてリーゼン。学校祭でバンドなんぞやったりもしたけど。確か…一曲はブルーハーツの『僕の右手』だった気がする。ブルーハーツがライブでは歌ってたけど、何と、CDアルバム収録前の曲でござった。ちなみにこの曲、収録アルバムは名作アルバム『TRAIN TRAIN』で、ござる。
もう一曲が、徳永英明のどの曲だったか…ありゃ、もしやboowyかなぁ。

現在と違い、何しろビデオなんぞ持ってるひと、いなかったからな。映像は残ってないのだなぁ。カセットぐらいは探せばあるかも。今度、探してみるっす。🤘

さてブルーハーツの『僕の右手』。歌詞がすばらしく、ヒロトくん、マーシーなど、ブルーハーツメンバーの世界観は最高だね。

なぜ『右手』かといえば、ヒロト君がリスペクトしていたパンクロックバンド GHOULのボーカル、義手のパンクスと言われていた方がおりまして。ヒロト君と、仲よかったので、彼に捧げた歌らしい。

この曲の世界観は。

若い頃のオリジナリティなんぞ、潰されがちだけども、やはり、模索しながらも、流されないように生きてかなきゃね。

ま、歳食うと、流されっぱなしだけども(笑)

ちと自信がない時に聴くとよい曲どす。



もぉ、この…ヒロト君の魂っちゅうか、気高いバンド魂…ほんま、脱帽だね。こないだも、別の会で言ったけど、歌は楽器ではなく、言葉でござる。

では、またね。

2017年9月11日月曜日

リーゼンの休日 ハワイアンカフェ

残暑厳しいおり…プールでも行って、身体動かそうと思い、なじみの刈谷運動公園のプールへ。

ここは、一年中プールが、やっており、少し高いけど、更衣室もきれい。ま、気持ちよく過ごせるプールだね。

同じ刈谷でも、洲原公園プール、こいつぁいけない。更衣室の汚さと言ったら、なんとも。水虫がうつりそうな汚さで、リーゼンはちょっと。

プールのついでに、刈谷でランチを、食べることに。外食の9割をカレー屋ですごすリーゼンだが、プールからカレー屋に行く途中に、気になる看板を見つけた。


ハワイアンカフェ。

ハワイ本島には多分上陸しないだろうリーゼン。でも、ハワイには興味がある。料理はロコモコ丼ぐらいしか浮かばないけど。



シュリンプは有名だと思うけど、タコライスって、ハワイ?リーゼンには、わかりませぬ。

ところでリーゼン、目玉焼きバーガーを、チョイス。


パン生地がしっとり固めで、リーゼン好み。ポテトは冷凍物っぽいけど。味付けは、少し甘めで、なかなかおいしっす。

店の雰囲気もなかなかよい。

リーゼンが一番よかったのは


おしぼり。匂いが グッド。暑い時、喫茶店にて消毒くさい おしぼり出されると、半端なく気分悪い。その点、この店はよかと。

刈谷にお越しの際は、ぜひ。パンケーキも出すらしいですぞ。

では、またね。





2017年9月10日日曜日

音楽の思い出 その78 NEVER TOO LATE

朝方、だいぶ涼しく感じるようになってきたね。

『秋』

リーゼンが苦手な季節だ。どうしたってセンチメンタルになっちまうからなぁ。

現在のリーゼンはともかく。

高校時代のリーゼン、どんな気持ちですごしていたんかな。思い返してみるとさ。

全く 思い出せぬ。

悲しいくらいに思い出せんなぁ。
タイムマシン、早く開発されないかね。

いきなり机から乗り込むの、勇気がいるし、机の中、汚いからなぁ。ドラえもんの道具よりは。








デロリアンのほうがよいな。ちなみにデロリアン、あのカーデザイナーの巨匠、ジウジアーロのデザインなのだが。リーゼンの友人がジウジアーロファンだったので、来日したデロリアンはよく見に行ってたな。かっこよくはないよ、ただただ、派手な感じ。スポーティでもないしね。外見も中身も。

このデロリアン、自動車メーカーが作ったものではない。いわば自動車デザインをやってる会社が、作りたい車、作っちゃえ、みたいな感じで作った車なので、映画で使われた割には、そのあとすぐにつぶれちまったなぁ。

ま、それはそれとして。

『秋』っぽい曲、なんかあるかなぁ…と思い返してみたらば。

オフコース『ぼくの贈り物』

う〜ん、いいね。小田和正さんの優しさがにじみ出る、すばらしい楽曲。秋という季節を、詩的に表すと、こうなるわなぁ。

しかし

メジャーすぎるなぁ…そもそもリーゼン。ひねくれ者なので、高校時代、そんなメジャー曲を好んで聴いていたとは思えない。

リーゼン的には、『聴きたい曲』=『歌いたい曲』ではないので、小田和正やオフコースは歌ってはいたけども。

聴きたい曲っちゅうのは、歌ってるアーチストも含めての 聴きたい やし、曲が好き っちゅうことやからね。

さて、高校時代に聴いてた『秋』ソング…


あ!

レベッカ『NEVER TOO LATE』!

別に秋を歌った曲ではないけども。リーゼン的には『秋』の物悲しさ や、漠然とした不安感、不安定感を表している、レベッカの名曲だ。

とはいえ。

知らない人が多いだろうな、この曲。レベッカが爆発的に売れたの、
四枚目の『Maybe Tommorrow』
からやからな。名曲『Friends』が入ってるアルバムね。

『NEVER TOO LATE』がはいってるのは、三枚目の『Wild & Honey』。名ドラマー 小田原豊がメンバーに入り、当時のトッププロデューサー、後藤次利が、プロデュースしたこのアルバム、楽曲ががっちりした頃のアルバムで、個人的には結構 好きなアルバム。一番好きなのは、五枚目の『TIME』。このアルバムの完成度は半端ない。ぜひ 御一聴を。

後藤次利のプロデュースした曲、今でもよく耳にする曲、多いよ。秋元康がおニャン子クラブに下ろしていた曲、ほとんど作曲は後藤次利だし。工藤静香、シブがき隊、吉川晃司なんかは、後藤次利が売り出したようなもん。日本の歌謡曲を作ったのが、阿久悠だとすれば、ポップスを作ったのは後藤次利だろうね、間違いなく。


さてさて、『NEVER TOO LATE』。まぁ、歌詞はありきたりのノッコワールド(レベッカのボーカル、ノッコにちなむ)なのだが。歌詞の最初が、まぁまぁ不幸な家庭に育ったリーゼンには、ぐっときたり。そのあとの 曲の世界観が ぐっときたり。

高校時代、よく聴いてたな。当時、小遣い貯めて買った、ウォークマンではない安価版  aiwaのウォークマンごときを持って、公園とかで聴いてた。

青春じゃないの(笑)

ということで。レベッカ、復活して現役バンドになっちまったので、音のみですが。どぞ。




こういう、捨てられた野良猫的な、楽曲を歌わせると、ほんとに雰囲気を持てるボーカルだったな、ノッコは。

捨てられた野良猫 男性版は 尾崎豊だろうけど。

では。またね。



2017年9月9日土曜日

おとぼけ新聞 昔話 うらしまたろう④

先回、「海人族」についての話をしてみたけど。

今回は、リーゼンの推定する歴史観で話してみるので。

まず、浦島太郎の正体。それこそ、『武内宿禰』という人物。

この人物、紀氏・巨勢氏・平群氏・葛城氏・蘇我氏などの豪族の祖でもあり、あの『蘇我馬子』は武内宿禰の子孫とされている。

ただ、リーゼン思うに、武内宿禰は一人の人物ではなくて、役職というか、世襲制というか、歌舞伎みたいに名前を襲名していたのでは、と思っている。

伝承によると、武内宿禰は300年生きたとされている。

あっ。

ここに、玉手箱をあけた時に300年過ぎ去ったとされる、浦嶋子の伝承との関連を見る。

もう一つ、玉手箱についても関連がある。

福岡県は、こないだ世界遺産に認定された『宗像神社』。武内宿禰が遣えた、神功皇后に関する伝承が残っている。

神功皇后が九州を制定し、朝鮮半島に攻め込もうとした際、竜宮城の海神に妹を向かわせ、協力を依頼したのだが、その際、呪術に使う「玉」を貰い受けたとされているのだ。

ここだね。浦嶋太郎の肝は。

つまりは、武内宿禰の子孫、蘇我氏の滅亡に関連していると捉えれば。

リーゼンとしては、蘇我氏は滅亡していないと捕らえており、逆に裏から政治を司ったと考えているので。

武内宿禰は ①実在しない人物で ②蘇我氏の繁栄を、古事記や日本書紀に暗にマーキングした、と思えるのだ。

蘇我氏については、リーゼンの本研究で話していくけど、蘇我氏が闇で日本を牛耳っている証拠がある。それは、

武内宿禰は、明治時代の一円紙幣、それも人物が肖像画で書かれた紙幣としては初の人物でもあるのだ。(一番最初の1円札は『大黒天』)







ということで。浦島太郎=武内宿禰説、いかがでありましょう。

では、またね。

2017年9月8日金曜日

おとぼけ新聞 昔話 うらしまたろう③

古来からの書物にも登場する『浦嶋太郎』

『古事記』や『日本書紀』が全くの空想ファンタジーで書かれたものでないことは明らかなので、『浦島太郎』が登場することには、何か意味があるのではないか、とリーゼンは考えまする。

では、『浦島太郎』は何者??
先回までの話も含め、いくつかキーワードをあげてみたよ。

○『古事記』の中での、神武天皇の水先案内員としての存在。
○神武天皇は九州から船で東に向かう際、紀伊半島でその土地に住むの毒気におかされていたところ、海人族(あまぞく)に助けられたことも書かれている。
○『日本書紀』では、雄略天皇の時代に浦嶋子が存在し、蓬莱山へ行って仙人たちに会ったという記述。
○蓬莱山とはどこか
○玉手箱とは?
○『300年』という数字の秘密

まず、前提として、リーゼンが考える日本古代史とは、海から渡来した民族が、土着の民族を支配していったという点。

であるため、神武天皇の水先案内人として、日本にすでに住んでいた「キーパーソン」がいたと考えてみれば。

神武天皇も渡来人、その水先案内人となるべき人物、やはり渡来人系の人だったと考えられる。少し前に日本に渡来した、という感じのね。でなければ、神武天皇を含む『新渡来人』が、水先案内人となった『旧渡来人』の欲する『いいもの』を持っていたか。だろうなぁ。

また、『日本書紀』で書かれている、神武天皇が九州から船で東に向かう際、紀伊半島でその土地に住むの毒気におかされていたところ、海人族(あまぞく)に助けられたとの記述。

この海人族とは。
別名、『安曇氏』ともいう。

『安曇氏』とは、綿津見 命(わたつみのみこと)を祖とする地祇系氏族。現代の自分たちとも関わりがるところとして、リーゼンの住む愛知県だけに限っても、

☆渥美半島~豊川…安曇氏をルーツとした、「渥美氏」が統治していたことから地名に。さらにさかのぼれば、渥美の古名は『飽海(あくみ)』。昔は渥美郡は『飽海郡』、豊川は『飽海川』と呼ばれていた。
☆愛知県海部郡…海人族の長を『海部の宰(かいふのみこともち)』といったことから地名に。

などの痕跡を残している。

リーゼンがなじみの深い『安曇野』も安曇氏が統治していた地域だし、温泉で有名な奥穂高山頂にある穂高神社は安曇氏が祖先の神を祀った神で、「錦津見命」など海神を祀っているので、山頂で参拝すると、海の神がなぜ?とびっくりする。


今回は、浦嶋太郎とはあんまり関係のない?と思われちゃいがちな「海人族」について話してみたけど。

次回、浦嶋太郎との関連について話すので…今回はここまで。

では、またね。










 

2017年9月7日木曜日

音楽の思い出 その77 夏の終わりのハーモニー

九月に入り、だいぶ涼しくなってきたね。

夏の熱気やら狂気やらの残り気?みたいなもんと、冬の訪れの恐れ?みたいなもんとが感じられて、結構 好きな季節かも。

この時期に聴く曲っちゃー、やはり

『夏の終わりのハーモニー』だね。

この曲を超える曲は、絶対現れないだろうな。

不世出の二大ボーカリスト、井上陽水と玉置浩二、この二人が奏でるハーモニーは、心をわしづかみだ。

最近の口パク音楽になれちゃうと、わからんだろうけど、歌は楽器の延長上じゃだめなんだよな。

最近、カラオケバトルなんて、くだらん番組やっとるけど。どんだけ原曲に正確に歌えるか、なんてくだらん指標だ。めったに見ないけど、あそこに出てる素人たちの歌を聴いても、BGMにしか聴こえない。

やはり歌は、感情こめた言葉、なんだよな。

上手い下手でいえば、ミスチルの桜井さんや、サザンの桑田さんなんて、中の上だろう。ユーミンなんぞ、中の下かも。

でも、彼らが歌うから、心にガツンとくるんだよ。


では、この時期になると、聴きたくなる、『夏の終わりのハーモニー』。この映像は超オススメだ。リアルタイムで見てた思春期真っ只中だったリーゼン、感動で涙 止まらなかったもんな。




ギター一本に、二人のボーカル。最小のユニットながら、この感動。ミキサーもエフェクトもなし。リーゼン、こういうの、大好きなんだよ。シンプルなのに、高度な歌唱。こんなん、今のアーチスト、誰もできんよ。

あ、EXILEのアツシはいけるかな。多分。

ま、何年たっても 色褪せない、すばらしい名曲でやんす。

では、またね。



2017年9月6日水曜日

おとぼけ新聞 昔話 うらしまたろう②

室町時代に、『御伽草子』のひとつとして完成を見る、『浦島太郎』だが、『御伽草子』ファミリーの一つ、『桃太郎』よりも古く、8世紀に書かれた『古事記』『日本書紀』『風土記』の中に『浦嶋子』(うらしまのこ)として登場している。

そう、古代日本のスーパースターだったわけだよ、『浦島太郎』は。

リーゼン的に、裏を見ると。

そんなスーパースター的に描かれている人物は…まともな人物ではない。

というより、実在の人物が描かれた、または、実在の人物を伝承上の人物像に重ねて、描いた。

などの解釈が正しいと思っている。

では、『浦島太郎』は誰なのか、という点。しかし、それは…

正直、わからない!!












このあたりを、自分なりのイメージやロマン、思いを乗せて考えること、これが(考古学?)おもしろいとこやからね。ぜひに、みなさまも。

まず、『古事記』では。
○神武天皇が瀬戸内海を船で東に進んでいた時に、遠くから、釣竿を抱えて亀に乗った男がやってきて、水先案内をした。

と描かれており。まぁ、リーゼンの持っている浦島太郎のイメージとそんなには違わないかなぁ。やっていることは違うけど。

対して、『日本書紀』では。
○浦嶋子は、雄略天皇の時代に実在していた。
○丹波の国(京都府)の住人である浦嶋子は、船に乗ってつりに出たところ、大きな亀を捕まえた。
○大きな亀は、後に女の人に化けたので、浦嶋子はそのまま妻にした。
○二人は海中に入り、仙人に会いに蓬莱山に行った。

そして、一番、現代のストーリーに近い、『丹後国風土記』では。
○浦嶋子が舟でつりに出ると、大きな亀を捕まえた。
○実は大きな亀は、後に女の人に化けた。そしてこの女性は、浦嶋子に会いにやってきたと言った。
○海中の『蓬莱山』に二人で行くのだが、そこで、女性が「亀比売(ひめ)」という仙人の娘(神女)で、浦嶋子は亀比売と夫婦になり、そのまま3年を過ごす。
○故郷に帰りたくなった浦嶋子は亀比売と別れることを決意する。すると亀比売は「ココに戻りたいなら、決して開けてはいけない「玉匣(ぎょくはこ)」を渡す。
○亀比売と暮らした3年間が300年以上経過していたことがわかる。

さて、このあたりの文献にどのような要素が加わって、現在に伝わる『浦嶋伝説』が完成したのかは、また考察いたしまする。

ではまたね。

2017年9月5日火曜日

おとぼけ新聞 昔話 うらしまたろう①

先日、仕事関係で「うらしまたろう」の絵本を読む機会があったのだけど。

リーゼンの知っている「うらしまたろう」のあらすじは…

①釣りに行こうと浜を歩いていた うらしまたろうが、子供たちにいじめられている、亀を見つけ、亀を助ける。







②助けてくれたことに感謝する亀が、うらしまたろうを竜宮城に案内する。








③竜宮城では、素敵な乙姫様をはじめ、海の生物たちのフラダンスショーを始め、宴会ずくしの、ウハウハ生活。








④3年後、家族が心配しているとわれに返った、うらしまたろう。玉手箱をもらい、地上の世界に戻る。

⑤自分の住んでいた家や、家族、住民など、とうに無くなっていることに気づいた、うらしまたろう。乙姫様との約束を破り、玉手箱を開く。すると、おじいさんになってしまったとさ。










まぁ、こんなところかなぁ。

ところが、現代版の絵本「うらしまたろう」には、①のシーンがないのだ。

え?

いじめのシーンに、人権団体とかが反発したらしく、削除されたらしいのだが…

なんだ、それは?

日本古来の伝承話に、時代時代のもろもろが加味され、室町時代の『御伽草子』としての完成に至った、いわば『日本文化の宝』なのだけども。

ちなみに『浦島太郎』は、リーゼン専門の『古事記』にも出てきまっする。

それは次回。

では、またね。


2017年9月4日月曜日

おとぼけ新聞 号外 24時間テレビ マラソン

八月下旬の恒例番組といえば、24時間テレビ。全く観ないし、興味がないリーゼンなのだが、マラソンぐらいは、だれが走るのかはチェックしている。

今年はブルゾンちえみ だったねぇ。

走るランナーの発表を、本人にいつしたか?について、議論やら推察やらが、騒がれとるけども。

リーゼンの結論としては、『二ヶ月前から、本人に告げられてた』ということ。

もちろん、走る、というスピードではないからね、歩いてもゴールできる距離ではあるし。

ただ、トラブル起きた時に、視聴者、学識者、スポンサーあたりから、総口撃を受けるのは 確かやからね。絶対、準備期間は設けるはず。

そう、全てが茶番なんだよな、テレビなんぞは。

先日の松本市へのセンチメンタルジャーニーで訪ねた、実家カフェに、昭和グッズの山があり、その中に、1980年10月3日に松本市から放映された『ザ・ベストテン』の放送原稿があったので、興味深く読ませてもらった。大学時代に、テレビ関係のバイトをちょくちょくしてたから、テレビの内情みたいなのはわかってるつもり だったけど。

あの生放送バリバリの『ザ・ベストテン』でさえ、茶番がたくさん。

例えば、この日の二位は、中森明菜。台本を読むと、こんな記述が。

中森明菜、歌い出す→『CCBのメンバー、ノリノリでマラカスを、振り出し、盛り上げる』



は?そんなノリだったのか。


週に数分ならば、そんな茶番で笑えるけども。


24時間テレビは、24時間やからね、げんなりするのだ。

まだ裏番の、NHKの方が、見ごたえあるね。

ということで。リーゼンは24時間テレビをなくすのに、賛成でござる。🙋‍♂️


では、またね。


2017年9月3日日曜日

リーゼンの休日 思い出ぼろぼろ2017夏 ④

前回の続き。松本市で眺望のよいところと言えば、松本城なんだが、北アルプスや安曇野の風景を見たいと思えば、やはり『アルプス公園』。


けっこう、でかいだよ。この公園。



春先は桜と北アルプスの雪景色&安曇野、と最高のロケーション。さらに


動物いっぱい(笑)

アトラクションもあり、



アルプス公園HPより。このアルプススライダーが最高なんだな、これが。

ま、恥ずかしがらずに、乗っちゃいましょ。

大学生活始まって、初めてのデート、ここだったな。もちろん、自転車にてアルプス公園にて。ただ、すごい登り坂。二人で自転車押しながら登ったな💖


さてと。アルプス公園にて、せせらぎが流れてるから、足を浸して、涼むのにも成功。ただし、昼のカレーがね、口に残って、今ひとつ。そこで、松本城から駅前に戻りつつ、よきカフェを探そうとしたらば。

あの旧開智小学校


の近くにある、長野県の名門高校、松本深志高校


あたりの校舎探索は、非常に面白いのだが。

開智小学校なんて、旧開智小学校もすごいけど、現在の開智小学校も


こんなんやからね(笑)ここで、学びたかったわ。

今回、駅前に出るのに、深志高校を通ったら、

『実家カフェ』はこちら💁‍♂️

という看板を見つけたりして。自転車やから、がんがん攻めてみたら。


見〜つけた。実家カフェ、どこにでもあるな。

玄関は


…民家やん。

中は、





友達の家みたいやね。

そいでもって、メニュー。




そこでリーゼン、ココナッツミルク氷をチョイス。

すると


あれま。オシャレで ないの。

味もね


クルトン風の焼きパンとか、ブドウ、サクランボ入ってて、なかなかうまし。

オススメですぞ。

カフェ内は


昭和の歌謡曲が流れており、落ち着く雰囲気。あ、昭和の人は、落ち着く、という意味だよん。

実家カフェを出て、いよいよ帰り路。特急に乗る前に


松本名物、山賊焼と、松本市の近隣、塩尻市めいさんの井筒ワイン。塩尻市はワインの生産で有名で井筒ワインの他
アルプスワインなんかのワインナリーがある。

飲み過ぎには気をつけろ(笑)

楽しいセンチメンタルジャーニーも、あっという間に終了。次は長野市にセンチメンタルジャーニーをもくろんどりまっす。

では、またね。