先回、秦による、中国の統一まで 来たけども。
では、リーゼンの疑問や いろんなものを詰め込んで、先回の『始皇帝物語』を推論してみるよ。
『始皇帝物語』 創作 リーゼン
キャストは
●『政』(のちの始皇帝)
●『呂不韋』
●『異人』(のちの子楚、そして秦の荘襄王と改称)
●『趙姫』
●『夏氏』(『異人』の実母)
●『昭襄王』
●『華陽夫人』
あらすじ
①【呂不韋、異人と出会う】
時は秦の『昭襄王』の時代。各国を渡り歩く商人として、財を築いていた『呂不韋』、趙の人質となっていた『異人』と出会う。
(『呂不韋』はバビロン捕囚で バビロニアに連れてこられた南ユダ王国出身の ユダヤ人。ヘブライ語で『ロフイ』とは「癒し手」のこと。絶対に中国系の名前ではない。
このころ、ペルシャのあたりはセレウコス朝が支配していたが、この国、国教はゾロアスター教だったが、ユダヤ教もほぼ全土に流布されており、時代に合わせて、新しい神学理論を生み出したりしていた。後のミトラス教や後期ユダヤ教、そして『キリスト教』のもととなる理論が、ここから生まれた。
ちなみにセレウコス朝、ギリシャ人により建国された国だったが、他民族との混血を望まなかったため、ユダヤ系民族は、独自の民族性を保つことができた。
セレウコス朝、強大な勢力を持ってもいたので、セレウコス朝の元で商人をする民は、自由にシルクロードやステップロードを往来することができ、富を持つこともできただろう。つまり、『呂不韋』は南ユダ王国出身のユダヤ人の一族である可能性が高い。
とはいっても…秦にとっては、呂不韋に限らず、西からの商人や渡来人は、すべからく『ゾロアスター教』『ユダヤ教』の影響を受けていた。シルクロードやステップロードを行き来する旅人は、ユダヤ教を信仰するペルシャ人と言ってもよい存在だったと 思われる)
この『異人』、『昭襄王』の実子ではあったが、生母の『夏姫』が『昭襄王』の寵愛を失っていたため、王位を継げる可能性は低く、人質の身に甘んじていた。
(『異人』という言葉の意味、異なる系類の人という意味。つまり、父親は『昭襄王』だが、おそらくは、少し前の時代に『殷』という国に滅ぼされた『大夏』という国に住んでいた民の子孫では。このころ、『夏』姓をもつ、踊り子や旅芸人のむれがシルクロードのあたりに生息していたので、ようするに、『昭襄王』が旅芸人の中にいた麗しい踊り子に手を出し、子供を産ませてしまったのでは?正統な子供として認めることは、国を乱すもとなので、他国の人質に出した、ということだと思う)
②【呂不韋の野望。異人、昭襄王の王位継承者に】
『呂不韋』は『異人』の将来性にかけることにし、当時、『昭襄王』が最も寵愛をしていた『華陽夫人』と姉に贈り物攻撃。ついては『異人』を実子養子として迎え入れるよう懇願。『昭襄王』との間に子供がいなかった『華陽夫人』、『昭襄王』が高齢だったので、死去の際に権力を失うことを恐れており、『呂不韋』の提案を快諾。『華陽夫人』の『昭襄王』への「おねだり攻撃」も大成功。『華陽夫人』の養子となり、『子楚』を名乗る。
(ここは、いいだろう。)
③【呂不韋の愛人、趙姫、子楚の寵姫として差し出す】
『子楚』は『趙姫』が気に入り、どうしても譲ってほしいと『呂不韋』におねだり。まぁ、『呂不韋』としても、おしいところだが、もともと娼婦の『趙姫』、まぁ、いいやと譲る。ただ、この『趙姫』、『呂不韋』の子供を身ごもっている中での『子楚』への譲渡。もちろん、そのことは内緒。のちに子供が生まれ、『政』と名付けられる。
『趙姫』、娼婦から皇后候補にのし上がる。
(『趙姫』について国史では、「邯鄲諸姫」と記されている。この「諸姫」とは現代に直すと職業で踊り子、ホステスと説明される職業。まぁ、『呂不韋』が接待で使っていた、飲み屋のねぇちゃんを愛人にし、後年、『子楚』に自分の子供を腹に仕込んだまま、譲ったんだから…そうとうずるい。)
④【昭襄王死去、その弟もすぐに死去。子楚が即位、荘襄王となる】
とうとう、『子楚』が即位、『荘襄王』となる。(以降、『荘襄王』)
『趙姫』は皇后、『呂不韋』は丞相として権勢をふるう。
(ここはいいね。弟、すぐに死んだのが気になるけど、老衰だろうね。疑えばきりがないので、問題はない、としとこう)
⑤【荘襄王、4年後死去。皇太子 政 即位】
即位してから4年で『荘襄王』、急きょ 死去。皇太子『政』王位につく。
『呂不韋』は仲父(父に次ぐ尊称)となり、権力アップ。
『趙姫』は太后の位に。
(あやしさ、プンプンするね。『荘襄王』、間違いなく暗殺されとるね。おそらく…『呂不韋』が権力を失うことを恐れた『華陽夫人』をたきつけたんだろうな。)
⑥【呂不韋、太后と姦通。ばれそうになったので、他の男を宦官として送り込み証拠隠滅。だが、これがもとで失脚】
『呂不韋』、未亡人となった『太后』と よりをもどしてしまう。ばれたらやばいので、巨根の男を宦官として送り込み、証拠隠滅を図るが、失敗。もともと宦官とは、男の大切なとこを切られた人たち。あそこが ついとったんじゃ まずいのだ。
しかし、『太后』、宦官ごときの男と子供を二人も作ってしまう。
このスキャンダルがばれ、なおかつ その宦官が、クーデターを起こそうとしちゃったもんだから、「ジ・エンド」→『太后』、宦官、子供二人は処刑。
送り込んだのは『呂不韋』なので、罪を問われたが、流罪で許される。でも翌年、服毒自殺。
(やっちまったな~『呂不韋』…しかし…陰謀策略、さらに丞相時代に得た富もあるはず。なのになんだ、この…
往生際のよさは!!
絶対、なんかある)
※リーゼン独自で考えた結論は、次回 語るよ。
⑦【政、李斯を丞相に任じ、国力大幅にアップ。中国統一へ】
呂不韋が失脚したあと、政が実権を掌握に成功。
李斯が丞相に任じられると、国力増強に貢献し、韓・魏・趙を滅ぼした。そのあと、紀元前221年に斉を滅ぼし中国を統一した。政は自ら皇帝を名乗った(皇帝を称する始まりなので、始皇帝という)
これにて、2回にわたり、書いてきた『始皇帝物語』、終了だよ。
でもね…『呂不韋』の往生際のよさは…
納得できん!!
ということで、次回も、酒パワーで、語りまくることにしよう。
ちなみに最近のお気に入りの酒は…
ほろよい はちみつレモン味!これがうまい。さらにあんまり酔わない。少し酒を入れないと、文が進まない、自称「大文豪」のリーゼンにはぴったり。
では、またね。
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