2018年3月12日月曜日

おとぼけ新聞 号外 青函トンネル30周年

来たる、3月13日、あの青函トンネルが30周年を迎える。世紀の大工事を経て、やっとの思いで完成した、北海道と本州とを結ぶ青函トンネル。リーゼン、ひとしお、深い思い出がありまして。


ともかくも。34人もの尊い犠牲を出しながら完成した青函トンネル。リーゼンが高校二年の3月に完成したもの。

なぜリーゼン、思い出深いか、といえば、高校二年の冬休み、お小遣いをためて、25000円で日本半周の電車旅に出かけた際に、最後の年の、青函連絡船に乗ったからだ。

旅については、またの機会に話しまするが、青函連絡船、やはり旅情を誘いましたな。ともかくも、この時代の北海道は、日本本州とは明らかに文化圏が違う…まさに蝦夷?というか、アイヌ民族の国という様相だったからね、やっぱ、鉄道っちゅうのは、偉大だよ。陸つながりという意識を持てるからね。

青函連絡船、ほんとにボロくて、観光船の様相よりは、北海道の人々の『足』だったな。感じとしては。だって、貨物列車ごと積んでたからな。


海によって閉ざされた感の強い、北海道と本州。青函連絡船の発着していた、函館港の様相をみれば、閉ざされ感を感じられるだろう。



だからね、かの名作、『北の国から』なんてみても、今の若者にゃ、わからんやろけど、北海道で生活する厳しさなんぞ、本州の延長にあるわけじゃなく、北海道独自のものなんだよな。

リーゼン、北海道は富良野に憧れて、倉本聰さんの富良野塾に入るべく、画策したけども、入塾できず、北海道暮らしには飛び込めなかったけども。いつかチャンスがあれば、住んでみたいな。

金とチャンス💰

うむ、いろいろ、がんばろう(笑)


では、またね。



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