2018年8月7日火曜日

音楽の思い出 その119 リーゼン中高の夏11

朝…久しぶりの雨。通り雨っぽいんだけど。

『涼しいぞ!』

このまま、秋に向かうといいんだけど…それは無理やね💦やはり。


1988年、昭和天皇の容態が思わしくなくテレビ見てても、新聞読んでも、絶えずテロップや特別枠で容態を報じていたこの年。天皇制の有無をあーだこーだ言う人がいるけど、ほんと、井の中の蛙だと思う。日本という国を、外国に出て語ろうとする時、欧州における王族のように、天皇は『象徴』というか、系図?成り立ち?わかりやすく言えば『ワッペン』なんだよね。まぁ、富士山や京都もおんなじもんだとは思うけど。この『ワッペン』があるから、日本という国は至極まともに存在を受け止められてるわけでね。

だからね。戦後の生きるか死ぬかの時代を共に生き抜いてきた昭和天皇には、格別な思いがあったと思うのさ、大部分の国民は。


さて、1988年続き。サザンオールスターズが原由子の産休をかね、一年間休んでいる間に桑田佳祐さんが独自に活動していた『KUWATA BAND』が終わり、この年はサザンオールスターズ復活、となったわけだけども。そこで、この名曲!





『みんなのうた』!

KUWATA BANDもよかったけども。やはりサザンオールスターズがいないとね、楽しくないから。


ほんと、復活してよかったよ。復活してなければ、名曲『TSUNAMI』は生まれなかった。サザンオールスターズだから出せた名曲なんだよな。


あと、こんな曲も流行ったな。

島倉千代子『人生いろいろ』

リーゼンも、たいがいな人生生きてきたけど、
お千代さんの人生ったら、ほんと、半端ない。まさに『人生いろいろ』な人生なんだよ。

お千代さん、五年近く前に亡くなったんやけど、若いころから老いてからも、ほんとに苦労されて…島倉千代子で検索してみてくり。いろいろありすぎて、書けないな。




人生、いろいろだよ、お千代さん。お千代さん、左手、実は自由がきかない。マイクを持つので精一杯。でもおくびにも見せない。若いころからいろいろな苦労やアクシデントに見舞われてきたはずなのに、笑顔で大変だったわよ、といえてしまう強さ。

リーゼン、いつもは聴かないけどね、前々回紹介した、渡辺美里の『悲しいね』、チャゲアスの『PRIDE』、X JAPANの『ENDRESS RAIN』、パーソンズの『singin' in the rain』、そしてなぜか、お千代さんやテレサテンは、大学一年のドン底の時には、よく聴いてたな。


今は振り返れるけどね、そんときは、立ち止まることさえ、できんかったな。


ほんと、若かったよね、リーゼン。そ、そいで、その後も、いろいろあったな、ほんとに。

ドン底から這い上がっても、強くはならなかったけど、弱さは知ったよ。今 考えれば、弱さを知ったから、強くなったのかもしれんね。


ま、最近はスキー&体鍛えることに燃えてるからさ、やたらに元気なので、大抵の不幸なら大丈夫。『人生いろいろ』っていっても、こんな感じ?





🤗さぁ、みなさまも、ご一緒に!


♪ じんせいぃぃ⤴︎

い・ろ・い・ろぉぉぉ⤴︎



♪ つらい ことが あったって!


からの…


『これで…いいのだ!』

はいはい、暑苦しくて、すんません。

みなさま、暑い日が続きますが、お身体には、気をつけて。クーラーつけて寝ると、身体が弱くなりまする。ま、んなこたぁ、

『これで…いいのだ!』

それでは、次回へ続く。たぶん、1988年邦楽編は次回で終わり。洋楽へ続くので、お楽しみに。


では、またね。

2018年8月6日月曜日

音楽の思い出 その119 シェリー対決!

暑い日が続いておりますが。今日の夜は隣のK市の『立派な』運動公園のトレーニング室に出向いてトレーニングしてきたのだけど。

さすが、K市、金もってるぜ🕶高い値段とるだけあって、ジム機器もきれい、かつ種類豊富❤️さらに、地元企業のプロチーム(サッカー、バスケ、ハンドボールなど)の方も混じり、なかなか刺激になってよいのれす。

しかし(笑)

さすがに外の芝生広場の小山や河川敷の芝斜面を横飛びしながら降りてくトレーニングしてるスキー馬鹿はリーゼンぐらい。ま、笑われはしないけどね、いろんな人、来てるから。


トレーニング後、田んぼの中の農免道路を抜けて帰るんだけど、これが気持ちいいんだな。この時期は田んぼの水が張られてるから、上を抜ける風がほんとに涼しくて、気持ちいい。クーラーの風より、ずっと身体に優しいしね。

で。

自転車で農免道路をチャリチャリとこいでたらさ、急に叫びたくなったわけさ。

でも

『エイドリアーン!』

は、ちょっと長い…もすこし短いフレーズがよいなぁ…

あ、

『シェリー!』

そうさ、シェリー…でも…

どのシェリーにしよう?


は?と思うのも、無理はないけど、リーゼンがちと思い出すだけでも3つは浮かぶわけさ、『シェリー』の歌が!


ということで。トレーニング後の田んぼ道チャリチャリにふさわしい『シェリー』の歌を考えてみたよ。


まず。

Steve Perry『oh sherrie』→つづり、合ってる?違ってたら、ごめんちゃい。





♪ you should've been gone!    
 (↑ ここ、叫ぶと、気持ちいい❤️)
ワニャワニャ フフフ〜ん
(中略…ひたすら鼻歌)

♪ Oh Sherrie ,  our love
   hold on, hold on,
(↑サビだけ 叫ぶ❤️)



いやいや、いいシャウトが出せるぜ、Steve Perry!トレーニング後の疲れた身体に、いいね!



次の『シェリー』は。

尾崎豊『シェリー』

くぅ〜効くね、尾崎豊のシェリー。

この曲なら。暗譜で歌えるので、心置きなく歌えるのだが。

歌詞がね…アツすぎる!





田んぼの真ん中で。

♪ 転がり続けるぅ  おれの生きざま うぉ〜

…うん…ちと迷惑かも。人に聞かれたら、まずい。転んで、田んぼに落ちたのかと、助けに入ろうとする人には、

♪ シェリー あわれみなど うけたくはない〜

などと、助けの手を拒否ってるしな…だいたい、この歌は、トレーニング前がよいな❤️



さらに『シェリー』。他にも浮かぶけど、これぐらいにしとく。

長渕剛『シェリー』

リーゼン大好きなアルバム『昭和』の中の曲。この頃の長渕剛、『乾杯』とか、『とんぼ』とか、心に残る名曲歌ってた、よい時期なんだよな。

で、シェリー。暗い曲調なんだけども。長渕剛らしく、漢(おとこ)の生き様、漢の愛し方を歌う、ハートわしづかみの良い曲なのだな。




ほんとに、いい曲だ❤️いい曲だけど、田んぼ真ん中じゃあね、合わないなぁ(笑)せっかく実った稲も枯れるっちゅうに。


ということで。


田んぼの真ん中でトレーニング後に歌う『シェリー』は…

Steve Perry『oh sherrie』に決定!👏


では、ミッシェル・ポルナレフの
『シェリーにくびったけ』

を聴きながら…さよなら、さよなら、さよなら👋





では、またね。



2018年8月5日日曜日

音楽の思い出 その118 リーゼン中高の夏⑩

いやはや、あぢぃ…朝、涼しいうちに、と開館すぐの体育館トレーニング室に出かけたのだが。自転車前輪あたりからの熱気がハンパない。もぉ、今年の夏は激ヤバですなぁ。

熱い男たちといえば、この方々。あとで語りますよん。



その前に、今日の出来事。

帰宅途中→11時少し前 の路上で、ツワモノ発見。



長袖重ね着&ジーパンで走る40代のおっさん(笑)これで5キロぐらい走ってたぞ。もちろん汗だく💦倒れなきゃいいけど。

ともかくも、慣れだよ、諸君!世界にはさらなるツワモノがいるし。身体を甘やかしちゃ、いかん。

で、前回の続き。1988年、リーゼンが聴いてた音楽だよ。


実は。昭和最後の年だったこの年。夏ごろから、ご容態が深刻になってきて、毎日結構、報道されていたし、日本全体が自粛ムードだったりもした。







こんな感じ。やはり、日本の歴史において、外国とのケンカ、開戦、敗戦、日本がなくなる危機、復興からの経済発展など、昭和って全て凝縮されてる時代だったんだよな。敗戦のためか、少し影をまとっていた昭和と違い、平成は…戦後日本の、いわば明るい雰囲気がただようからね。

たしか、1989年、平成元年じゃないか、秋篠宮が婚約したのは。まぁ、まさにそんな感じ。新しい時代をにおわせた。


忘れちゃいかんのはね。暗い負の部分を背負ってがんばってくれた、明治から昭和30年ぐらいまでを生き抜いて我々に、独立国で生きる幸せを作ってくれた、じいちゃん、ばあちゃんたち世代への感謝。下手すれば、ドイツや朝鮮のように分断されてたかもしれんし、地理的要因から、ベトナムのように社会主義の国になってたかもしれない。その場合、経済発展できたかどうか。朝鮮特需で復興したようなもんだからね。

あと、慰安婦について。

戦後の日本、終戦時のドイツのように、ひどく蹂躙される可能性は多大にあった。何しろ終戦時のドイツ、ベルリンにいた女性のほとんどがソ連軍に強姦された。これはドイツの歴史として学校でも教わるのでほぼ間違いない事実だ。そして日本も。終戦時、アメリカ軍、そりゃひどかった。東京、横浜、町田、名古屋なんかの基地があるとこ周辺は軒並み、女性は蹂躙された。そこですぐに日本政府が慰安所、つまり吉原や名古屋の大門なんかの赤線を作って、女性を募って、時には国が騙して?米兵のあいてをさせたというのは、忘れちゃいけない事実なんだよな。

つまりは、平成に生まれた、日本に影を知らない世代がね、ほんと、甘えたこと抜かすのが、腹立たしいわけだよ、リーゼンは。ゆとり世代だの、リア充だの。新型うつだの。

まずは、生きるために働け!

これは、心底言いたい。わからない人は、リーゼンが昨年訪れた、山口県徳山市の、大津島に行き人間魚雷について学んできてごらんまし。死をかけて、働かなくてよいだけ、また自分のために働けることが、どんだけ幸せなことかわかるから。


またお小言になっちまったね。だって、トレーニング室にいた若者がひどかったんだよ。腐り方がね。


やっと話を戻すと。

この年、暗い雰囲気漂う世間だったけど。このバンドの、このアルバムが、ガツンとリーゼンの世界観を変えた。

THE BLUE HEARTS『TRAIN TRAIN』



このアルバムはね、おそらくリーゼンの世界観を変えたアルバム、ナンバーワンであることは間違いない。

もちろん、THE BLUE HEARTS、1987年メジャーデビューしてたし、『リンダリンダ』は知っていた。でも彼ら、結構パフォーマンスひどすぎて、テレビの出禁が多かったから、あまり目にしなかったんだよね。

でもこのアルバムはね…楽器屋で勧められて、即買いだったな。とにかく、衝撃。




日本人でよかったわ!なんかバンドっちゅうと、横文字だらけで、メッセージ伝わりにくい、と思ってた時だったので、ブルハの日本語ならではのメッセージ性はハンパなかった。ヒロトくんのブチギレや、マーシーの弾け方もハンパないけども。胸をわしづかみにするメッセージ性。ほんまにすごかった。

アルバムには。

『TRAIN TRAIN』『電光石火』『僕の右手』『ラブレター』『青空(あおいそら、と読みまする)』と言った名曲ぞろい。どれもよく歌ったなぁ。リーゼン、このアルバム聴いてたから、ブレずに『まずは』受験勉強しよ!と思ったからね。ブルハの世代に生まれて幸せだったな。

特に…『僕の右手』はね、コンプレックスを持つ自分を奮い立たせるだけのメッセージ性を持ってたし、『ラブレター』や『青空』は、こんな男くさい男になりたい、って本気で思ったからね。いやぁ感動した。涙出っぱなしで何回も聴いたからね、このアルバムは。











この『青空』が伝説のNHK出禁の発端になった映像だな(笑)てんかんの発作?とか、こんな映像見せるな、とか、苦情が殺到。ヒロト君ったら、やっちまったなぁ。

まぁ、でもライブだと、すぐ下半身露出とかしちゃうからなぁ。まだ抑え気味なんだけど、こん時のヒロト君。あ、NHKということで、抑えすぎたか、おそらくは。


ともかく、ブルハは、大学生活でのリーゼンの十八番だったし、いつも身近な…ベストBGMなのれす。

次回へ続く。

では、またね。

2018年8月4日土曜日

音楽の思い出 その117 リーゼン中高の夏⑨

前回の続き。1988年、リーゼン高3の夏あたり。

忘れないうちに。今日、スキーのチューンナップショップに行く途中で、面白い店を発見。



『L a Ohana』という、ハワイアン料理の店。ら・おはな?なんか聞いたことある単語だな。

ら お は な→お は ら な?

たしかに、リーゼンの身近なあいつ、ハワイアンな性格だな。


ま、どうでもいいけど(笑)


さて1988 年夏、遊びながらも、少しは受験生らしくなってたな。もともと、リーゼン、5時間ぐらいしか寝ない人なんだけど、帰宅してから夜中1時まで勉強とかして、5時起き。まぁ、そんな感じだったな。ただ、寝る時間は少なくても、徹夜はだめ。能率下がる体質なんだよな。

で、受験勉強の友。

①ドリップしたコーヒー
②音楽
③メンソレータムかタイガーバーム


①ドリップしたコーヒーはさ、コーヒーメーカーをお年玉で買ってね、愛用してたな、多分に。

この頃はクリープと砂糖を入れてたな。今は砂糖しか入れないけど。


③メンソレータムかタイガーバームの使い方は、リーゼン独特。



タイガーバームは知らない人いるだろうけど、2015年ぐらいまで販売されてた、メンソレータムの強力バージョン(笑)絶対、変なものが入ってたと思う。シンガポールの会社製造、日本の龍角散販売だったけど、もともとは中国人が開発したものだし、筋肉痛、一発で治ったもんな。タイやシンガポールでは買えるらしいんだけど。

ま、メンソレータムとか、タイガーバーム、塗ると『ひんやり』『す〜っと』するじゃんね、それを眠気に合わせて…

その一…足の裏に塗る→すきっとはするけど、頭寒足温の原則からは外れるな(笑)

その二…内股や二の腕に塗る→ひんやり感を感じるとともに、鉛筆動かし疲れの二の腕の疲れをとる、または、貧乏ゆすりで疲れた大腿部の疲れをとる、という意味で一石二鳥だったね。

最上の その三…おでこ、首すじに塗る→これがさぁ、ほんとはまぶたに塗りたいんだけど、タイガーバームの説明書にはっきり書いてあったからね、『目に入ると失明の恐れがあります』💦
だから、おでこと首すじ。でも結構目が冴えるんだよ、ヒヤヒヤ感が目に入ってさ。絶対、目薬より効くって!ロートZの二百倍ぐらいのヒヤヒヤ感。もちろん、目によくない(笑)徹夜上等の人、自己責任でお試しを。

さて、話は戻って。

②音楽はね…基本的に貧乏なリーゼン家。リーゼンの勉強スペース(個室はなく、タンス部屋兼、部屋干しスペース兼だったので)ラジカセぐらいしかなかったし、だいたいは友人宅でレンタルCDを借りたのをダビングしたものを聴いてたんだけど、ファンだった、渡辺美里とPEARL、ブルーハーツ、BOOWYは発売日に買ってたな。

この年はね、渡辺美里のリーゼンイチオシアルバム、『ribbon』が出たから、発売日になんとサイン会で買ったのは覚えてる。

このアルバムには、『恋したっていいじゃない』『悲しいね』『センチメンタルカンガルー』『10years』など、聞き応えのある曲がたくさん入ってるのと、ほとんど渡辺美里自身が作詞した曲ばかりで構成されてるアルバムなので、リーゼンお気に入りなのである。やっと歌いたい曲を歌える喜びみたいなものを感じられる、渡辺美里渾身の作品なんだよな、やはり。



やっぱ いいぜ、美里は。若かったな、お互い(笑)





この曲は。大学一年の時、大失恋をしたリーゼン、サビの『かなしいね』のとこだけ、46分テープの片面23分間、ひたすら繰り返し録音したものを聴いた、曰く付きの曲であります😭一ヶ月引きこもってひたすら聴いてたな。

ま、そんな時期もありまして、現在の『年中 お花畑』のリーゼンが存在しとります。エヘン。


で、そのどん底をふまえて聴いた『10years』。大失恋のどん底から10年は経ってなかったけど、じんと来たなぁ、立ち直った大学二年夏に聴いたらさ。




1988年の話、まだまだ続きまする。


では、またね。



2018年8月3日金曜日

おとぼけ新聞 '30 夏の過ごし方 ⑥

いやはや、暑い💦とうとう、名古屋でも40度超え。アスファルトなんかは、楽勝で50度超えやからな…50度って、ちょっとしたフライパンの上 状態やん…たまらんね。

でも、もっと暑いとこに住んでる人が、世界にはいるわけでさ。日本人も学ばなきゃいかんのだと思うよ。

日本人も夏はクールビズっちゅうことで、みなベールを着て過ごすなんて時代が近いかもな。


なんとか暑さを忘れたいっすね。



こないだ暑い日に大須に行ったら、こんなもんが。氷に触るのもよいが視覚的には涼しくていいよね。


外で作業される方のマストアイテム、ファン付き作業服。これね、結構、冷えるんだよ、こんなんでも。


これは、やりすぎだろうけど、たしかにいいだろうな。


あと、暑い中、運動した後は、リーゼンは必ずヨーグルトか牛乳だな、昔っから。別に誰かに勧めたわけじゃないけど。


ま、眉唾もんかもしれんけど、乳製品、多少はいいらしい。よかったら皆様も、どうぞ(笑)



今年はまた、ちゃんとした店のカキ氷、食べてないな。近いうち、食べたらレポートするね。

今、一番ねらってるのは、リトルワールドでやってる


いいなぁ。こういうの。行きたいけど、遠いしな。


やはり、池下のフルーツブティック後藤のカキ氷がよかったなぁ。

昨年夏、行きたい行きたい、と思ってたら、なんと昨年末閉店(T . T)

やっぱ、行ける時に行かないと、後悔するなぁ。


さすれば。

池下のフルーツパーラー弘法屋か、上前津のニワフルーツのカキ氷かなぁ、リーゼンが好きなのは。


ちなみに、リーゼン、氷もそうだけど、シロップにこだわるので。だって氷自体は、長野県で食べるカキ氷の氷にかなうわけないからさ。シロップに愛着を持つのであります。

例えば、長野市は善光寺門前にある、そば処『長門屋』のカキ氷。





ここの天然氷のうまさは、ほんまに…さらにかかってるシロップは全て自家製。特にシーズンで数量限定の『梅甘露』のシロップは、梅も店主の庭の梅を漬け込んだもの。

うますぎるカキ氷なのに、



こんな値段。大体がたいしてうまくないカキ氷なのに、名古屋の繁華街で食べるカキ氷、高すぎるんだよ💢カキ氷とは、手軽に涼をとるものであって、デザートになっちゃ、だめなんだよ。リーゼン的には。



今、大須を歩くと、行列のできる カキ氷屋さんがいくつかできてるけど、いくらふわふわ氷でもね、どこもシロップがいかん。やはり、名古屋なら、せめてフルーツ屋さん直営のカキ氷食べないとね。合成シロップのカキ氷など、食べられたもんじゃないからさ。


うむ、今年の夏こそ、カキ氷を食べよう!


ちなみに、名古屋の迷店、マウンテンのカキ氷もイかれてて、よいよ。ここ数年、『登山してない』けど。




タライに入ったカキ氷…一度見たことあるけど、アホすぎて(笑)


まともに見えるマンゴー味のカキ氷も、『激辛マンゴー味のカキ氷』だったり。


ほんと、ここまでゲテモノを作り続けるマウンテンの店主には、ほんとに頭が下がる。いつまでも活気のあるゲテモノ食いの聖地として、君臨してほしいっす。


では、またね。






2018年8月2日木曜日

音楽の思い出 その116 リーゼン中高の夏⑧

リーゼン高3の夏。ここに至っても志望大学しぼれず…何しろ、塾行ってなかったし、河合塾の夏期講習ぐらいだったから、さすが河合塾。地元志向の判定を出しやがって(笑)受かりそうな国公立は愛知教育大しかなく…私立は家に金ないからダメと言われるし…リーゼンが受験した頃は奨学金の制度が少し違い、国公立入るのに、奨学金借りても卒業後、教師なんかの公務員を何年かやると?返さなくてもよかったから、必然的に国公立しか選択肢がなかったわけでね。しかし愛知教育大だけは嫌だったリーゼン。だって、愛知教育大出身の小中学の先生達、ほんとに面白くなかったから。高校は…バラエティに富んだ先生達でほんとに面白かったから…ね。名古屋大学狙いたかったんだけど、名古屋大学第一にすると、滑り止めが文系のリーゼンでは、いいとこなかったんだよね。そもそも、名大じゃ、受かる確率、半々だったし。

しかし、リーゼン母校の進路の先生、偉かったな。リーゼンが興味持ってた、自閉症の児童への教育の第一人者が、信州大学の教授でいるのを見つけてきて、信州大学を勧めてくれたからね。信州大学なら、併願で静岡大を受けられたし、願ったりかなったりだった。静岡大だったら、リーゼンが就職したかった、ねむのき学園への進路も開けるしね。ほんと、よい志願法を考えてくれたもんだよ、あの先生。

入る気ないから、滑り止めの私立大は受験せず。国公立のみ。浪人は予備校行く金がなかったから、自宅浪人のみ、という、なかなかの潔さ(笑)でも、リーゼンの時代はそんなもんだったよ。

ということで。リーゼンの高3は、勉強はマイペースに。遊びもマイペースに、とまぁ、ぼちぼちの高3だったな。

で。そんな1988年といえば。

好きか嫌いか、ではなく。リーゼンが好んで聴いていたわけではないけど。

こんなグループが登場。いろんな意味で衝撃を受けたね。


光GENJI!

それまでは、ジャニーズ事務所、グループではなく、ソロでやれるアイドルをデビューさせ、育ててきたからね、田原俊彦とか、近藤真彦とか。つまり、本格的グループは、多分、光GENJIから、だと思うよ。

だから、光GENJIがヒットしなかったら、ジャニーズ事務所の興隆はなかったし、グループで売り出す戦略をとったかどうか。SMAPも嵐もデビューできなかったかもしれんわけだよ。


まぁ、ともかく。

光GENJIはヒットした。いや、ヒットなんてもんじゃない。社会現象だったよ。うん、嵐なんて目じゃない(笑)→怒られるけど、ファンに。でも、ほんとだもの。


インパクトが半端ない。だって、ステージを『あの』子供のおもちゃ、ローラースケートで滑りまくるんだもんな。インラインスケートじゃないぞ。

ローラースケート!


こいつさ。こんなん、リーゼン世代、子供の頃、むちゃくちゃ流行ったから、リーゼンもお年玉二年分貯めて買って、持ってた(笑)もちろん滑れたよ。でも、リーゼン世代はほとんど滑れるんじゃないかい?ローラースケートとローラースルーゴーゴーは(笑)


ちなみに、ローラースルーゴーゴー、ホンダ製でござる。小さいとこで儲けてたのね、ホンダさん(笑)


なので。

光GENJI出てきた時は、結構、真似できたんだよね、リーゼン世代は。もちろん、光GENJIみたいに上手ではないけど、ステージをぐるぐる回るぐらいわね、できた(笑)

だから、高3の文化祭、リーゼン、光GENJIの出し物やったよ。ヒット曲『ガラスの10代』をもじって、『カラスの10代』からの『パラダイス銀河』。みんなでカラスの格好して、ローラースケートで歌いながらぐるぐる回る…今なら版権アウトな出し物だな(笑)


ということで。他にもヒット曲はあり、もちろん紹介するけども。まずは1988年といえば、『光GENJI』。これは間違いない。





ちなみに最大のヒット曲、『パラダイス銀河』。作詞作曲は、チャゲアスのASKAさんでござる。色物な光GENJIだけど、歌はいい歌なんだよ、ほんとに。

彼らの偉いのは。実はこの頃は、紅白歌合戦、生歌じゃないと、出演できなかった。つまり、ジャニーズの口パクじゃない、最後のアイドルなんだよ。センターの諸星くんやら、脇を固める、内海くん、歌うまかったもんな、ほんとに。

そして、パラダイス銀河のシングルB面はチャゲさんが作った曲だし。

つまり、この頃、一番流行ってたチャゲアスに頼み込んでプロデュースしてもらったぐらい、結構、ジャニーズ事務所、切羽詰まってたし、光GENJIには気合いが入っていた。


この作戦は大成功。光GENJIは社会現象となるぐらい、大ヒットしたのでござる。

1988年のスタートは、光GENJIで始まった、過言ではない(笑)


次回へ続く。

ではまたね。











2018年8月1日水曜日

音楽の思い出 その115 リーゼン中高の夏⑦

数回続いた、1987年夏頃のリーゼンが聴いてたヒット曲について。今回で締めとしようかな。

やはり。こんだけ思い出深いということは。この年は、いろいろ模索してたんだろうな。中学から高校一年までは、ひたすら勉強&部活の生活だったからな。

トップを目指していた自分が、とれなくなった自分を振り返った時にね、人との比較で価値を決めてたのに気づいた頃だったな、高校二年のあたりは。もう一踏ん張りして、自分の虚栄心を満たす進路やら、両親が喜んでくれる進路を狙っていっても良かったんだけど。ちとエネルギーが足りなくなってたな、たしかに。では、何がしたいか…より、何が足りないか…なんてのに気づいたり。

きっかけは単純だったりするよ、そんなんは。例えば、障害児との出会いだったり。英語は入らんのに、古典はスパッと入るとか。数学の公式は入らんのに、図形の問題は一目で正解がわかる、とか。

人が持つ、凸凹なんだよね、所詮は。その後の人生のいろんな人との、良き出会いが沢山あったことを考えると。自分の弱さに気づけたのは良かったと思う。だってエリートと呼ばれる人、真の友人、ほぼいないからね。だから友人=よきライバル、なんて言いかたをする。

ちがうよ、それは。


ただ、それこそ人それぞれの価値観。だから自分以外の意見は『異論』なんやから、リーゼンだけが正しいわけじゃないだろう。でも、リーゼンがいろんな立場のいろんな死に立ち合ってきて、やはり、間違ってはいない、と思う。

死ぬ時にこそ、それはわかるはず。本来ヒトにとって死は『孤独なもの』。でも孤独と感じないヒトもいる。それが、真の友人と、家族、宗教のどれかだと思うんだよね。

難しい話をしちゃったけど。

リーゼンが高2、1987年によく聴いてた洋楽には、こんなのもあったよ。

Bon Jovi『Livin' on a Prayer』

あ〜、というかた、そうなんだよ、発売は1986年なんだけどね、アメリカ、日本共に、ヒットしたのは1987年。プロモーションのせいでズレてるだけなんだけども。

そして日本では、1988年にも、『AXIA』というオーディオテープのCMソングに使われ、再ヒット。アメリカでも、度々、再ヒットを繰り返す、いつの時代も愛される名曲なんだな。




とにかく…かっこよかったなぁ、ボーカルのジョン ボン ジョヴィ、ギターのリッチー サンボラ…そして、パワフルなドラマー、ティコ トーレス。マジでかっこよかった。特に、リッチーが曲のリフで使う、トーキング モジュレーター…映像で観るまでは、エアー楽器?ハモネプみたいに音出してると思ってたもんな(笑)

そして題名。手書きで書くとよく間違えた、『prayer』。『player』じゃないんだよな。

題名を和訳すると、『祈りながら生きる』。歌詞の中身は、貧しい若いカップルが祈りながら支えあって生きる。というもの。曲のかっこよさからは想像つかない。だって、リーゼン、高校時代に友人と和訳してびっくりしたもんな。


歌詞↓

Once upon a time not so long ago
昔々の話 といってもそこまで昔ではないけど・・・


Tommy used to work on the docks
トミーは 港で働いていたんだけど

Union's been on strike
組合がストライキで仕事が無くて・・・

He's down on his luck
彼は運に見放されてたんだ

It's tough, so tough
それは大変だった とてもキツかった



Gina works the diner all day
ジーナは一日中 食堂で働いてた

Working for her man
自分の男の為に働いてたんだ

She brings home her pay for love
稼いだ金を家に持って帰るんだ 愛の為に

For love
そう 愛の為に



She says: 
ジーナは言うんだ

We've got to hold on to what we've got
私達は 今あるものに しがみつくしかないわ

It doesn't make a difference
大して違わないでしょ

If we make it or not
上手くいっても いかなくても

We've got each other and that's a lot for love
私達は二人一緒にいる それで十分でしょ

We'll give it a shot
(失敗してもいいから) やってみましょうよ



We're half way there
私達は まだ道半ばで

Livin' on a prayer
祈りながら生きてるわ

Take my hand and we'll make it I swear
私の手を握ってよ そしたら きっとうまくいく 誓うわ

Livin' on a prayer
祈りながら生きるの



Tommy got his six string in hock
トミーはギターを質に入れたんだ

Now he's holding in what he used to make it talk
今 彼はギターを以前のように演奏することを我慢することにした

So tough, it's tough
とても辛かった 辛かったんだ



Gina dreams of running away
ジーナは 逃げ出してしまいたいって・・・

When she cries in the night
夜に泣いてると

Tommy whispers: Baby
トミーがささくんだ ベイビー

It's okay, someday
大丈夫だよ いつかきっと・・・



We've got to hold on to what we've got
私達は 今あるものに しがみつくしかないわ

It doesn't make a difference
大して違わないでしょ

If we make it or not
上手くいっても いかなくても

We've got each other and that's a lot for love
私達は二人一緒にいる それで十分でしょ

We'll give it a shot
(失敗してもいいから) やってみましょうよ



We're half way there
私達は まだ道半ばで

Livin' on a prayer
祈りながら生きてるわ

Take my hand and we'll make it I swear
私の手を握ってよ そしたら きっとうまくいく 誓うわ

Livin' on a prayer
祈りながら生きるの

Livin' on a prayer
祈りながら生きるのよ



We've got to hold on ready or not
私たちはしがみつくしかない 準備ができていようがいまいが

You live for the fight when that's all that you've got
すべては 成功する時が来るまで 戦う為に生きてるのよ



We're half way there
私達は まだ道半ばで

Livin' on a prayer
祈りながら生きてるわ

Take my hand and we'll make it I swear
私の手を握ってよ そしたら きっとうまくいく 誓うわ

Livin' on a prayer
祈りながら生きるの



We're half way there
私達は まだ道半ばで

Livin' on a prayer
祈りながら生きてるわ

Take my hand and we'll make it I swear
私の手を握ってよ そしたら きっとうまくいく 誓うわ

Livin' on a prayer
祈りながら生きるの




ちなみに、トミーとジーナ、他の曲にも登場いたしまする(笑)ボン・ジョヴィの曲を探ってくれたまい。


そして、Bon Jovi『Livin' on a Prayer』の他にもね、さらなる名曲が。

Peter Cetera『Stay with Me』

元Chicagoのボーカル、ピーターセテラ。アメリカでは、百万ドルの美声と言われる、無比のハイトーンボイス。ハイトーンボイスに憧れるリーゼンには、神のような存在だわ。


この曲、アメリカをはじめ、世界中で大ヒットを飛ばし、さらに日本では、なぜか当時、一番人気のある女優、沢口靖子を使った邦画『竹取物語』の主題歌で使われたから、当時を知るリーゼン世代はほとんど知ってるぐらいの大ヒット曲。多分、日本でヒットした洋楽ランクをつけたら、間違いなくベスト10に入るだろう。→何しろ、洋楽はほとんどランクインしない、『ザ・ベストテン』で、4週連続一位という快挙を成し遂げた曲だからな。

曲はね。とにかく美しいラブソング。





ラブソングは、ストレートに、かくありたいね。
ピーターセテラのハイトーン…うっとりするわ、ほんまに。

ストレートなラブソング。ボズ スキャッグスの『We are all alone』と両巨頭ですな、リーゼンからしてみたら。







ただ、個人的には。




う〜ん、沢口靖子の扱いも少し雑だしな…あまりよい映画ではなかった覚えが。高校二年には難しかっただけかな?


夏はあまり、空を見上げないリーゼンだけど。今年の夏は、15年ぶりに火星が接近してるので。



街中からも、力強く赤く光る火星がよく見える。やっぱ宇宙の一部なんだね、人間は。

小さなことにくじけたりもするけども。どうせ、宇宙から見たら、ごま粒以下のちっぽけな人間なのだから、悩みもちっちゃい、ちっちゃい。命だって、人間の命なんぞ、宇宙の命に比べや、短い短い!一日一日を大切に、元気出して、ぼちぼちがんばりませう。リーゼンも冬のスキー、昨シーズンよりもパワーアップできるよう、一日一日、がんばりまっする💪

では、またね。